日本脱出準備(1)

筆者は、日本の風土、自然、伝統、文化、食べ物などが好きで、普通の日本人に比べるとそういう意識を持つ海外での機会が多いせいか、まさに母国であるという認識が強いと感じる。学会などでも自分の座る場所に日の丸の小さな旗なんか置いておかれると胸がジーンとすることもある。
しかし、今の日本に住んでいるのはあまりに自虐的であり、短い人生を過ごすには不幸な環境だと感じている。しかもこういう状況(あるいはさらなる悪化)がまだ当分続きそうなのが残念である。
日本と言うのは政府と官僚と一部の大企業のためにあると言っても過言ではなく、普通の一般国民は単なる奴隷的な我慢を強いられる『構成員』に過ぎないと筆者は思う。
無論こういう図式は資本主義国家では当然といえば当然だが、日本の政府と官僚機構は図抜けて酷い気がする。あまりに細かくお節介なまでの規制や日本的管理思考がこの国の自由さと活力を奪い、この国の未来を暗いものにしつつある。年金や医療・介護保険など既に制度疲労どころか制度崩壊しているにも関わらずそれを維持しようともがけばもがくほど抜け出せないのが日本だ。
日本の素晴らしさとそこに住むデメリットを見比べてデメリットが我慢の限界を超えていると思うのだ。

バブルが崩壊して不良債権の処理が決まった頃、まあ5,6年で日本がまともになれば仕方が無いと思ったのは筆者だけではないだろう。
金融機関の不良債権を、公的資金(税金だ)とゼロ金利政策で預金者の金利をほぼゼロにして、預金者が得られるはずだった所得の移動によって解決した。ところが10年経っても20年経っても状況が好転したのは金融機関くらいだ。政府は借金だらけ、大多数の国民は豊かとは言えない。むしろ若者がどんどん貧乏になり、ますます将来を悲観させる世の中になった。
金融機関にとってはジャブジャブに余った金を貸す相手がいない状況が続き、円キャリーを狙ったホリエモンや村上ファンドをスケープゴートにして叩く。外資系は皆同じようなことをやっているにも関わらず、日本人だけ叩いた。国民はそれ見たことかとこの袋叩きをよしとする、酷い国民性というか低レベルな国民だ。
一人ひとりの知的なレベルは世界的に見ても決して低くはなく、むしろトップクラスのはずなのに集団になると低レベルになる不思議な国民だ。その象徴的な現実が今の政府や党利党略の政治屋集団だろう。
首相や政府がアホで、被災地の復旧も原発事故の収束(これは少なくとも次の世代までかかる)も進まないのだが、その政府を選んだのは間違いなく我々国民である。
国民は安倍政権のときの滅茶苦茶な年金問題に腹を立て、自民党にNoを突きつけたのであって、民主党を積極的にYesと選んだわけではないのに・・・、ここに民主主義の限界を感じる。

少なくとも筆者が生きている間に、この国に生まれて良かったと再認識することは無いと思う。さっさと日本脱出だ。

 

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