グローバルとグローバリズムの違い

最近、いろいろなところで聞くグローバルという単語。何となくまだ日本語としてこなれていないというか大きな誤解を持って日本では使われているような気がする。
もっと英語学者などはメデイアで指摘して欲しいものだ。

グローバルな考え方、グローバルな企業、グローバルな時代の人材・・・、こういう場合のグローバルはおそらく世界規模、地球規模というかボーダーレスといった意味で使われるのだろうし、これはそう間違いではない。
ただ、これを延長したような『アメリカの求めるグローバルスタンダード』などと聞くと、これは誤解だろうと思うし認識が間違っていると思われる。
アメリカが求めているというか自国の主義として言っているのはグローバルな**ではなくグローバリズムなのだ。

グローバリズムという言葉には、世界規模のだとかボーダーレスのという穏やかな意味はあまりない。
『自国を、世界的問題に積極的に関与させる主義、政策』
というのが正しい意味で、これこそアメリカが何もそこまでと思わせるほど他国に関わっていく干渉行動そのものだ。世界的、国際的にお節介を積極的にするというのがグローバリズムなのだ。
この意味で、シナの政策などもやはりグローバリズムだ。
日本はグローバリズムに消極的という海外からの見方が一般的だが、これはグローバルな時代に対応していないという意味ではなく、他国に執拗に干渉しないという意味であって、ある意味正しいのである。

グローバルな考え方や対応は必要だが、アメリカやシナのグローバリズムには断固組しないという区別をつけないとまた国際的な誤解が生じる。
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カテゴリー: 社会・経済, 迷惑な隣国, 国際・政治 タグ: , , パーマリンク