議員同士で好き勝手にし放題 ~県議会定数問題~

日本はGWの挾間で明日からまた4連休の人も多いのだろうか。秋田は結構寒そうだし、東京にいる息子も寒いなどと言っていたのでちょっと間の悪いGWかもしれない。
経験的に連休などあっても子供が小さかったり、部活がある年齢だと結局どこにも出かけずという家庭が多い気がするが、日が長くなったのだから少し夜遊びをする習慣を取り入れたら消費も上向くだろうに。
こちらウィーンではコンサートやバレエの季節は終わったが、美術館、博物館は夜遅くまでやっているし、カフェやパブも深夜までやっている。子供を家に置いて出かける夫婦が多くなれば少しは街も活気付くのに・・・。
それにしてもウィーンには相変わらず年金受給者と思える日本からの観光客。
海外ではなく日本で金を使え!(^^) 富の流出なんだぞ・・・と。

読売新聞サイトで、
秋田と由利本荘1減 県議会定数で議運決定
と記事が出ている。
議会の定数を論じるのが利害の当事者である議員たちなのだから最初から話にならないのだが、法律でそうなっている以上仕方がないものの何ともこの馬鹿さ加減の繰り返しはどうにかならないものだろうか。国会で地方自治法を変えて議員たちに定数問題を議論させないようにするとか定数の条例は議会は提出できないようにするとかしない限り、未来永劫このくだらないコップの中の議論が繰り返される。

結局、本来人口比の原則では由利本荘市と大仙市仙北郡でそれぞれ1減のはずが、何故か『秋田市は突出して人口が多いから秋田市を1減』という全く論理的でない情緒的な結論で決まったようだ。

watanabe-eiji
新みらいの渡部英治議員によれば、『(人口が少ない選挙区でも)均衡ある発展のためには、地域の代表である議員が必要』ということだが全くおかしな論法だ。
均衡ある発展という言葉そのものが現実的に既に無意味で幻想である。秋田市に人口が集中しているのは、誰かが号令をかけた結果なのではなく地理的な利便性や長年に渡る施策、住民の意向の静かな反映の結果であって、人口が少ない地域に頑固に住み続けるのは単なるエゴに近い。そのエゴに秋田市の住民が付き合わされる、これが渡部議員のいう『均衡ある発展』の理想論になってしまう。
そもそも、人口が少ないにも関わらず秋田市と同様の行政サービスとなれば、それは逆に過剰な行政サービスであるといえるし、秋田市民から見れば不公平となる。
では、その人口の少ない選挙区で議員たちが均衡ある発展にどのように尽力してきたかを問えば答えは明らかである。何しろ人口減少地域はまさに減少が加速化し進行形なのだからだ。何も結果を出さず理想論を言うのが政治ではない。

人口比の大原則を破れば、そのツケは間違いなく将来返ってくる。
秋田市は人口が多いから減らすという情緒的な判断を認めた場合、仮に秋田市が他の市町村から転入が増え、人口が増加していった場合(おそらく数年後そうなる)、今度は増やすのか? 増やさなければそれこそ1票の重みが軽くなることになる。
一方で、近未来で人口減が予測されている市町村で議員定数を減らさなければ、1票の重みが相対的に上がっていくことになりやはり格差を生じさせることになる。
人口比の原則を守らないで見てみぬフリをしてきたから1票の格差が生じ、国会議員の定数問題で裁判所の違憲(あるいは違憲状態、選挙無効)判決などが出ているのを秋田県議会の議員たちは見てみぬフリをしているとしか思えない。
確かに例外はあっても仕方がない面もある。例えば選挙区で定数1となり無投票当選などが続く場合は議員間の競争原理が働かず不健全であるため、県議会の定数の最小は2とすべきであるが、これ以外の原則破りの例外は不合理で情緒的で論拠が希薄だ。

筆者は、2011年の統一地方選前に、
秋田県議会(議員定数) (2011/02/13)
に定数に関して私案を書いた。
・選挙区を県の8つの地域振興局の所管で分ける
・最も人口の少ない鹿角地域振興局をベース(ただし鹿角は+1)とする
これで定数配分を行えば議員定数を現行45から30に減らせる。

政治というよりも自分の生業あるいは名誉職としての議員職しか考えていないとさえ思える秋田県議会の議員達は、筆者が書いてきた下記記事のように、
・定数問題は棚上げ(今回ようやく2減だそうだ)
・議員報酬は気持ちだけ下げて誤魔化し恒久的な減額とはせず
・不正な流用で槍玉に上がった政務調査費は名称が政務活動費に変わった(地方自治法)が何故か増額(受け取らないことも可能なんだよ、議員さん達(^^))
※不正な流用を追認するかのように使途が広く認められた(今年の2月)
※その月額25万が『足りない』と自民党会派は主張
といった具合に議会運営委員会で好き放題、やり放題である。
自分たちが利害の当事者である以上、定数や報酬などに踏み込んだ議論をするはずがないではないか。
任期中は適当にアリバイを作る姿勢だけ打ち出せば良いとでも思っているに違いない。
一方では知事、県庁組織とは馴れ合いで厳しい質問をすることなく、予算・決算などもほとんどスルー、外部監査などの突っ込みは知らん振りといった状況である。

県庁組織は無駄遣いのシロアリ達だが、県議会という組織はそれに輪をかけたように税金に集る寄生虫のような存在ではないか?
秋田県がダメになった理由がここにもある。

(過去記事)
■統一地方選(秋田県議会)(2011/02/10)
■秋田県議会議員のHPなど(2011/03/05)
■秋田県議会の程度はそんなものか?(2011/09/21)
■県議会一般質問という馴れ合いの『儀式』(2011/09/21)
■特権意識・既得権死守の姿勢丸出しの秋田県議会(2011/10/05)
■若者の意見など聞く耳も目も持たない県議会議員(2012/02/20)
■淀みきっている組織(秋田県議会、秋田大学付属病院)(2012/04/12)
■議会のレベルの低さが=県民・市民のレベルと思われるのは癪ではないか?(2012/09/19)
■総選挙よりも秋田県議会がおもしろい(2012/12/06)

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議員同士で好き勝手にし放題 ~県議会定数問題~ への1件のフィードバック

  1. blogファンその1 より:

    こんばんは。
    確かに議員定数の件を自浄能力も無い議員達、しかも一部の議員が議論しているのは滑稽ですね。
    はっきり言って定数が1や2減ったとしても大勢に影響は無いし、我々の生活には無関係に近い感覚。県民の意見吸い上げと言ったって所詮一部の利権絡みの陳情のことでしょうから。
    だからArgusさんの案みたいにどーんと削減してもらっても全く構わないし、そのほうが税金の無駄遣いが少しでも減るじゃないですか。

    ほとんどの県民の意識はそんな感じじゃないでしょうか。

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