ニッポンは怒れない国、国民になってしまったのか

こちらのDerStandardでも麻生元首相の失言について、
日本の副首相、ナチスの”戦術”賞賛を謝罪
と見出しを打たれた記事になっている。配信はAPらしいが、ナチスやユダヤという単語は日本人が考えるほど単純な名詞ではなく(それぞれの立場で違うが)重みのある単語なので、会話やオフィシャルな場では使わないのが賢明。
麻生元首相は、昔、竹村健一(だったかな)との対談で『ユダヤ人が住みたくなるような国が一番良い』といった趣旨の発言をして、国内外で物議を醸したり結構確信犯的にこういう単語を使っているように感じる。
発言の内容は全くの正論で、ナチスの戦術、やり方を賞賛したものではなく『そうならないように』という意味の例示であったことは日本語がわかる人間ならコンテキストで十分わかるし、菅官房長官も『謝罪したからこの件は決着』といった紋きりではなく、少々補足しても良かったのではないかとさえ思える。
ワイマール憲法下でナチスが覇権を掌握していってことは歴史的事実であり、このことを自戒・反省しつつ解説したのはマイネッケの『ドイツの悲劇』だったろうか。麻生元首相もおそらく学生時代には読んだのではないだろうか。(マイネッケは学生時代など若い頃じゃないととても読めない)
引用・例示するなら、こっちを使えば良かったのに。
しかし、麻生太郎という政治家は、きっと靖国への参拝もまたきっちりやってくれるだろうし、もう一枚オブラートで包めば大政治家という気がするのだが・・・。歩く便所の落書きでは隙があり過ぎる(しかし、そこが良いのかも)。

それにしても、この発言の単語を捉えて南朝鮮や支那のメディア、政府が早速反応するあたりは如何に日本が特亜から注目されているのかがよくわかる一方、それらのクソメディアをソースに世界中に配信されて、そういう単語にナーバスなSWCあたりに伝わると言うのは非常に国益を害している。
日本の(実はどうということもない)一挙手一投足が毎日の南朝鮮や支那のメディアのネタなのだ。ネタ提供料を両国にあるいはメディアに請求しても良いくらいだ。(^^)
反日の話題が無ければ紙面を埋めるのは国内問題、特に両者に共通する経済・財政逼迫と崩壊への秒読みくらいしかない。支那はPM2.5やシャドーバンク、南朝鮮は失業率の劇的悪化、インフレ、アベノミクスによる為替変動による貿易と経常収支の悪化だ。

特に南朝鮮は酷い。
・戦時売春婦の像設置
・サッカー東アジア杯での件(安重根、垂れ幕)
・三菱、住友への戦時徴用工の補償についての裁判所判決
・旭日旗がアカン、日章旗もアカン
・朝鮮人登山者の遭難は日本の手落ち
加えて定常的な竹島、靖国、9条、天皇に加えてヘイト・スピーチとやらだ。
また、個人レベルでも通名の使用を拒否されて本名使用を強要されたとバカ朝鮮人が裁判に訴えたらしい。
とにかく個人も国も金が欲しいらしい。謝罪と賠償、単品メニューではないKorean Setなのだ。
国レベルでは、資金も無くて満足にできもしない国際的なイベントを次々に誘致し、施設建設やインフラ整備の全てで財政・資金不足。
2014年 仁川アジア大会 F1GPは今年で終了予定
2015年 ユニバーシアード
2018年 平昌冬季オリンピック
2019年 世界水泳
第二の漢江の奇跡どころか、このままでは上記のいくつかは開催権を返上しないといけないらしい。
パク・クネは、そのためにも何とかして日本から強請り、集りで資金を得ないと自らの物理的な生命も危ぶまれているという。

個人から国まであらゆるレベルで日本を口撃(口先だけだから)している。しかもアメリカなど第三国を巻き込んで。
これはもう『一部の朝鮮人』というレベルではなく、民族・国家全てのレベルでこうなのだと解釈しても良いだろう。要するに武力を伴わない『戦争』を仕掛けられているのである。
この『戦争』は第二次大戦と比べても厄介だ。在日という工作員が日本国内のそこらじゅうに跋扈しているのに加え、大新聞やTVなどがその反日という片棒を担いでいる。大戦中に愛国心を煽り、戦場に駆り立てたメディアとは180度違う。内なる敵とでも考えるべき対象だ。

本来的に日本・日本人は本気を出せば怖い、キレると一億総火の玉になることは歴史から世界中が知っている。カミカゼのようなキレっぷりは日本の代名詞に近い時代もあったのだし、エコノミック・アニマルと呼ばれた時代もあった。
南朝鮮にしてみれば昨年のイ・ミョバンクの竹島上陸は政権末期の政治的パフォーマンスの軽いノリだっただろうが、日本はそう捉えなかった。何しろ天皇への侮辱・冒涜がキツかった。
そろそろ、日本が本気で怒っていることをわからせる必要があるのではないか。
といっても今は武力で竹島奪還などをしなくとも良い。
民主党でもあるまいし、いつまでも官房長官の『遺憾に思う』では日本の静かな怒りが国内外に全く伝わらない。

第三国でのロビー活動による『口撃』には個人、国家レベルで反論し、それ以上は動かない。朝鮮メディアなどもはやつける薬がない程だ。
何もしない、経済的に助けない。黙って看取る。これだけで良いのだ。
漢江の奇跡、併合以前の時代に戻れば、自分たちが何者でどんな歴史を背負い、今後どうするか民族で決めることだろう。民族自決ですな。
国家が破綻し、果たして別の形態で存続するかどうかを朝鮮人自らが決めるようにしてもらいたいものだ。

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ニッポンは怒れない国、国民になってしまったのか への2件のフィードバック

  1. すずきけん より:

    『 助けない、教えない、関わらない 』
     経済で困っても助けない、企画や技術を教えない、歴史問題などで絡んできても関わらない。
    筑波大学大学院・古田博司教授

    • argusakita より:

      こんにちは。

      ついでに、コピー商品などのパクリ(朴李)をさせない、許さない、即訴える。
      が必要で、国や自治体は国内企業の訴訟費用の補助などを検討すべきですよ。

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