安楽死、尊厳死容認は先進国の潮流になるだろう

ベルギーで18歳未満の安楽死が合法化された。
さらに、カナダのケベック州でも条件付きながらも安楽死(euthanasia)を認める法案が提出されて可決の見通しのようだ。既に致死注射を行うことができる医師の拡充(?)も同時に進められているようだ。

現在、安楽死(euthanasia)が条件付でも認められている国は、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、ドイツ(患者対処法)であるが、ケベック州で法案が成立すると北米で最初となる。尊厳死はアメリカでもオレゴン、ワシントン他2州で積極的に医師が関与できる(安楽死に近い)他、ほとんどの州で『死ぬ権利』(主に末期医療における延命措置を拒否し自然死を選ぶ権利)が認められている。

筆者は以前、
安楽死、尊厳死、自殺幇助の合法化(2011/08/30)
麻生副総理の私見に大いに賛成 ~終末期医療~(2013/01/22)
と書いてきたが、相変わらず安楽死、尊厳死の導入を日本でも進めるべきだと考えている。

どこの先進国も高齢化による社会保障の増大に耐えかね、その負担を部分的に移民によって賄おうとして失敗し、逆にその移民たちの社会保障が増大し負担増加が加速してしまった。
日本はこの轍をまさに踏もうとしていて、入口である社会保障の負担&消費市場の拡大を前面にして移民受け入れを検討し始めたところで、2周ほど遅れているといってよいくらいだ。しかし一方で在日棄民への生活保護といった現実も抱えている。
筆者が安楽死、尊厳死を制度として認めるべきと考えるのは単に社会保障といった経済的な損得だけではない。(マクロな損得で考えれば得のはず)

日本に久しぶりに帰ってTVなどで映し出される進行してしまったアルツハイマー患者や(筆者に言わせれば珍しくない老化で)自力で食事、排泄すらできない寝たきりの年寄りが半ば植物のような状態で延命しているのを見るたびに、それは誰にとっての幸せなのかが全く理解できないからである。
それこそ、介護保険、特養・老健施設といった雇用・経済システムのための延命ではないかとさえ思える。
施設に入れるお金のある年寄りはまだいい。家族が介護、あるいは老老介護などはそれこそ周囲の人間の人生をスポイルしてしまっているケースが多々あるではないか。
さらに田舎では、自然災害の予想される場所に頑固に住んだりしている年寄りが多く、もちろん憲法で認められた権利を行使しているわけで行政はそれを保護、支援する義務がある。
とはいえ、いざ自然災害でそれらの年寄りを救助に向かう場合、救助に向かう人間達の命を危険に晒すことになり、その年寄りたちに他者の命を危険に晒す権利などは無い筈だ。
自分たちは権利だが、救助に向かう人間は『業務』だと言うわけにはいかないだろう。頑固に住んでいる場合も、行き場が無く仕方がなく住んでいる場合も、行政がより安全な場所や介護、支援が可能な場所に移り住むようなインセンティンブを与えるべきだろう。

自力で食事ができなくなったり、排泄ができない野生の動物は死を待つだけである。
そんな自然の摂理を人間だけ無視し、忘れてよいはずがない。

三島由紀夫は尊厳死かどうかという議論はあるが、最近世の中を騒がせている後期高齢者達も自らの主張が崩れてみっともないことにならないうちに日本文化の『潔し』を尊び尊厳死を選ぶということがあっても良さそうなものだが・・・。

いずれにせよ、安楽死、尊厳死が早く国民的議論にならないかと筆者は待っている。

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安楽死、尊厳死容認は先進国の潮流になるだろう への8件のフィードバック

  1. あじさい より:

    私も待っています。願わくば、人生の幕引きは自分でしたいのですが。

  2. ちんあなご より:

    安楽死とはギリシャ語のエウタナーシャの訳で、「良い死」という意味です。
    古代ギリシャ・ローマでは、完全に病んでいる身体に対して、惨めな人生をいたずらに長引かせず、もはや治療を施さないことが正しいという思想で、自ら命を絶つのは珍しいことでは有りませんでした。

    むしろ、尊厳を軽視して無理やり生かす現代のほうが特異な状況だと思います。

  3. 当事者になるととても難しい判断になりますね。

    私の母は末期がんでなくなりましたが、再々入院してからは、緩和ケアのみの入院となりました。肺にまで転移したためです。地方病院は赤字体質ですから、後期高齢者で1割負担の私の母は早く退場してくれと思われても仕方ないですが、まだ話が出来る段階で、痛み止めをしましょうかと何回か聞かれました。

    我慢するタイプの母でしたから、私は「痛みを我慢すると筋肉が緊張して血流が悪くなる。痛み止めを使ったら。」と言ってしまいました。その後は麻酔薬で眠らさせ、肺に水がたまり呼吸困難で亡くなりました。ほんの2日くらいでです。私は失敗したと思いました。もっと話したかった。ただ、麻酔を使わなくても、治療はしてないのでなくなる日にそれ程の違いはなかったかもしれません。食事もほとんどとれなくなっていましたし。でも、なんかだまし討されたような気もするんです。弱ってたのは確かですが、その前は普通に話してましたから。麻酔をかけられてからは、舌も動かせないようで話はできなく、唸るようにしか反応できなくなりました。だから、早まってしまったのでないかと未だに考えてしまうんです。

    まあ、痛みを止めてもらったおかげで死に顔は苦悶の状態でなかったのだけが救いです。

  4. 安楽死に反対する人と言うのは、生を強制するファシストにしかなっていないというのが現実でしょうね。

  5. あられちゃん より:

    安楽死大賛成です、
    若い頃、急性気管支炎で2年間生き地獄を味わい(呼吸困難)、実際死ぬ病気になった場合の事を考えたら怖くて仕方がありません。

    もう助からない病気と判断されたら、また生き地獄を味わう事になります。
    本当に日本はこういう事に関して途上国、韓国、中国とかわりませんね。
    一日でも早くアジアで日本が安楽死施設をつくる事を政治家達に考えて頂きたいものです。

    • 自称人権派みたいな、偽善者がいますからね。
      こういう感じの

      「尊厳死法制化」は医療格差の拡大を招きかねない―川口有美子氏
      http://t.co/nPUxFMicsd

      • argusakita より:

        私の主張としては、
        ・安楽死・尊厳死(2つを区別しているつもりです)の権利を認めよ。
        ・権利行使の自由は保証されるもので、他から強制・干渉されるものであってはならない。
        というものです。集団的自衛権の行使容認と似たようなもの。
        社会保障に関する経済的なメリットはあくまでも副次的な結果だろうと思います。
        川口有美子氏の主張にはほとんど同意できません。

        身近な親族の13年間の脳腫瘍による半植物状態を見てきて、本人・周囲の誰のためにもならない13年間だったと今でも思っています。
        輪廻転生を漠然と信じていますし、その本人には早く来世を与えてあげたかったとさえ思います。
        ガンによる終末期以外にもQOLが許容できない状態になったら、医者ではなく本人または同居家族が『死』を決めて良いと私は思います。

  6. 雅理雄 より:

    酷い肉体的な苦痛でも、安楽死が選べない国が2012年迄は多かった。
    今はオランダ、ベルギー、米国(州法単位)、オーストラリア・・・
    どんどん増えてる。
    <法律選り大事な人民の人情>残酷を嫌う中国。
    中華鍋を振るえ無く成った老人は、強力な麻酔が混ざった飲茶を飲んで、静かに安楽死(永眠)を黙認する人民人情が人間。年寄は笑顔で永眠する「あ~、赤く腫上がった激痛のする細く成った老いた手首も永眠出来る」と!

    酷い肉体的な苦痛でも、安楽死が選べない国が2012年迄は多かった。

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