戦後日本のあまり語られない不透明な部分 ~阿片と壬申戸籍~

リーマンショックの年の8月にNHKスペシャルで『調査報告 日本軍と阿片』というのを見て非常に興味を持ったのだが、このNHKの放送内容は旧日本軍の戦費調達に阿片を用い、この潤沢な資金が関東軍の暴走を引き起こしたといった『旧日本軍悪者説』が軸で、少々違和感があった記憶がある。
そもそも、当時の阿片(ケシ)は農産物の扱いで収穫高や収穫予想が新聞に載るほど一般的なもので、人体への健康被害といった部分は目を瞑っていたようである。ちょうど現在のアルコールやタバコのような扱いだったのだろう。

満州時代の日本軍の阿片との関わりについては、
『阿片王-満州の夜と霧』(佐野眞一)
と続編
『甘粕正彦 乱心の曠野』
※著者は最近では大阪橋下市長の週刊朝日による特集記事問題で脚光(?)を浴びた
と、
『其の逝く処を知らず』(西木正明)
の2人が阿片王と呼ばれた里見甫(さとみはじめ)について書いている。国際線に乗るときには絶好の作品で、読み比べるとなかなかおもしろい。里見甫は実父が仕事の関係で現在の秋田県能代市にいたときに生まれたこともあり、同じ秋田県人としてのシンパシーが西木正明の作品には微妙に感じられる。
1938年上海でのアヘン密売を取り仕切る里見機関の前段階とも言える阿片売買のために設置された宏済善堂(三井物産と興亜院主導)の副董事長(事実上の社長)を努めたのが里見甫であるが、ここから広がる企業名、人脈だけ見ても、戦後の日本の政治、経済に大きな影響力を持つ人物が次々に登場する。
東條英機、岸信介、佐藤栄作、大平正芳、愛知揆一、笹川良一、児玉誉士夫・・・。
余談だが、佐野眞一は『阿片王-満州の夜と霧』で現在の電通が広告代理店になった経緯で里見甫がその一端を担っていたことにも触れている。

旧日本軍と阿片については上記の作品を読めばだいたい理解できるが、実は日本軍だけの話ではないことが筆者の興味を引いた。
興亜院には後に秋田選出(旧秋田1区)の政治家となる佐々木義武が配属されている。
この興亜院についての業務内容・役割は下記の論文が詳しいし、当時の阿片の位置づけがNHKのような偏見を持たない状態で理解できる。
『大平正芳と阿片問題』龍谷大学経済学論集、49(1) 83-107 2009年9月 倪志敏(ニイ・シミン) 倪志敏(ニイ・シミン) 
大平正芳は大蔵官僚、佐々木義武は南満州鉄道調査部出身だ。さらに農林省の伊東正義などが登場する。つまり阿片政策は満州における国家的な取組・事業だったことが明らかだ。
その結果、戦後は緘口令もあっただろうし、佐々木(思い出草)や伊東が後の大平内閣で通産大臣、官房長官などを歴任しているのを見れば、それぞれ墓まで持って行った話が沢山ありそうだ。それぞれ回顧録(佐々木義武追想録)などが出ているが非売品でそのうちヒマになったら出かけていって読みたいものだと考えている。

現在でも役人による裏金作りというのは珍しくないが、当時これだけのメンバーでそれをやっていなかったというのはあり得ないことだろうと推測する。
阿片で戦費調達もしただろうし、中には私腹を肥やした者もいるだろうが、A級戦犯とされた里見、岸、笹川良一などは生き残っているし児玉誉士夫などはCIAの工作員(死に際に自ら告白)を続けながらも結局はロッキード事件の判決が出る前に死んでいる。(突然死が多い)

筆者の仮説(空想?)は、戦後の日本の政界を仕切ってきたのはこの阿片によって蓄積された莫大なカネだろうと思う。そしてその裏を知っている者が政治の世界のトップに順序に君臨したのだろうと思う。
M資金という話があり、越中島で発見された金塊やプラチナをGHQがアメリカに持っていった話や戦時中の供出された日銀の地下金庫にあったはずの貴金属、ダイヤが無くなった話(国会答弁などもある)もあり、これらと満州で蓄積された(だろう)カネとの関係は不明だが、日本の政治を動かしていたのはこういったカネだろうと思われる。(辻嘉六氏をめぐる政治資金の問題接収解除貴金属及びダイヤモンド関係事件)
少なくとも政治家に迫力があった中曽根首相時代まではこのカネの力が有効だったのではないだろうか。
(これまた仮説だが)その力が突然弱体化したのは中曽根首相時代の竹下大蔵大臣が参加した1985年のプラザ合意だろう。
何しろニクソンショック以降値上がりしていた1ドル260円前後が一夜にして何十円も円高になったのだ。もし、上記の裏金がドル建てでスイスあたりに隠されていたら、さぞや劇的な目減りになったことだろう。
ほぼ同時期に竹下首相時代あたりから日本の政治・政治家に迫力が無くなり、55年体制が崩壊したり連立になったりと流動化して現在に至る。
ロスチャイルドやロックフェラーのユダヤ国際金融資本だの皇室の資産だのといった半ば陰謀論めいたシナリオではなく、旧日本軍、帝国政府の阿片による蓄財、巨大な裏金はおそらく事実で今もどこかにその力を秘めているはずだろうと思う。

政治家が官僚機構(特に旧大蔵省・財務省)に頭が上がらない、官僚機構を崩せない理由は二つあると筆者は思っているが、一つはこの阿片に遡る巨大な資金
もう一つは、行政文書でないため開示が許されないとされる壬申戸籍だろうと思う。
壬申戸籍については昭和43年以前は閲覧が出来たらしいが、一般的にはあまり歓迎されない話題のため割愛するが、これを中央官僚の一部は閲覧しているのではないかと推測している。十分に政治家を揺さぶるネタであろう。
筆者に言わせれば戦後極端な学歴社会になったのはこの壬申戸籍を利用したフィルタリングに代わるものとして学歴を一つの指標として重視したのではないかと考えている。人物重視、実力主義への流れとも取れるが、これによって帰化人や在日棄民の日本社会への浸透が進む結果になったようにも思える。

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戦後日本のあまり語られない不透明な部分 ~阿片と壬申戸籍~ への2件のフィードバック

  1. きりたんぽ より:

    驚きますね~。
    以前にマカオのカジノ王のスタンレー・ホーの書籍を
    読んだことがありまして
    この日本軍が持っていた阿片を
    日本軍は当時はマカオの地帯に物資と一緒に保管していたということもあり
    マカオはポルトガルの領地だったので当時は安全だったようですね。
    日本が降伏し日本軍が去った後にこの日本軍の保管していた
    物資や阿片をスタンレー・ホーが獲って売りさばきカジノの原資を作り
    今に至るみたいなことがありましたが真相はどうなのでしょうか!?
    シナ・朝鮮がやることは知れていますから驚きませんが。

    そして阿片というと思い出すのは、
    ラオス・タイ・ミャンマーの黄金の三角地帯を思い出してしまいます。
    そこに山形の加藤紘一が、阿片撲滅キャンペーンの一環として
    蕎麦畑に変えて農家を支えようというプロジェクトをして10年を越えますが、
    畑を阿片から蕎麦に変えた蕎麦の実や蕎麦粉や蕎麦焼酎までネット通販で
    売っています。
    趣味の手打ち蕎麦で打ってみようかとも思いますが・・・

    • argusakita より:

      かつての満州での阿片栽培は黄金の三角地帯どころの量ではなさそうです。
      linkした『大平正芳と阿片問題』の論文には当時の新聞のコピーなどもありますからぜひ一読を。

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