防災よりもソウル線復活が知事の優先事項か?

台風11号は九州、四国、近畿で死者まで出る甚大な被害を出したが秋田県では幸いなことに死傷者は無く、北秋田の道路の土砂崩れや五能線の倒木や桧木内川が一時氾濫注意水位を上回った程度で済んだようだ。
何日も前から気象庁は進路と被害について情報を流し、ニュースはそれを伝えていたため被害予想のある場所はそれなりに備えがあったのだろう。

そんな中、11日に知事はソウルを訪問し大韓航空本社でソウル線再開の陳情に出かけていたようだ。
7月から休止になったソウル線は日本からの南朝鮮観光客が減少し乗客が少ないことで休止されたはずで、その減少理由は、一言で言えば様々な南朝鮮全体の悪印象が増加したわけで、セウォル号沈没、地下鉄事故、ビル倒壊、道路埋設物爆発と安全や事故時の救急体制に不安を感じる日本人が多くなったことが大きいはずで、その証拠に秋田県内から修学旅行に行く中高生が激減したことが大きい。7月のラストフライトですら乗客は半分程度と悲惨な状態だったではないか。
大韓航空もフラッグキャリアとはいえ一民間企業であり、利用客が減少したら路線を休止・廃止するのは当然である。
そこにわざわざ出向いて再開を陳情するなど民意を反映したものとは到底考えられない。同行した秋田商工会議所の三浦廣巳会頭のハク付けのために行ったのかもしれないが、企業が必要ならそれはそれで受益者である必要とする企業や人がチャーターや小型機による運航を民間企業同士でネゴしたら良いのだ。昔と違って航空路線は国交相がガチガチに握っているわけではない。
10年以上も赤字を垂れ流し、さらに今後も赤字は免れないソウル線に対して公費を投入する(特定の一民間企業に税金を使う)意味も合理的な理由も何も無い。もしあるなら県民に説明が必要だ。(県議会は何をやっているのだ?)

100歩譲って、何かのついでにソウルに行くとしても、あれほど各地での災害が報じられている台風が少なくとも秋田沖を通過することは事前にわかっていたはずで、その最中に秋田を留守にするというのはおかしい。
もし県内どこかで甚大な災害が起きた場合には直ちに災害対策基本法第23条に基づく秋田県災害対策本部を立上げる必要があり、この決定は知事であり本部長も知事である。
災害によって人命が関わる可能性も十分予想される中、暢気にソウルに行き一部の受益者のための陳情を行うなどとんでもないことではないか。
例え指摘されても、留守中の対処・対策は万全だという話が当然出てくるわけだが、基本的な危機意識の問題である。行政のトップとしては万全の対策を取りさらに気持ちの準備して当たり前である。
『想定外』という言葉は日本人はもう聞きたくないはずではないか。

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【佐竹のリーサ】(似た人がいても下記はフィクションです)

出生地は秋田県の桜と武家屋敷で有名な角館。生年月日は1947年の七五三であるが、その風貌、感覚から『えっ、戦後生まれだったの?』と驚く県民も多い。
ギバちゃんと同じく角館高校から東北大学工学部精密工学科に進学、一応理科系の教育を受けた割には会見などで数字が出てくることはほとんどなく数字に強いという印象はあまりない。
佐竹北家21代当主という肩書きを持っているが20代当主が実父というわけではなく、佐竹敬次郎(20代)の後継者である。大学卒業後民間企業に就職していたが、敬次郎氏に後継者に指名されるまでは父親の性を使っていたため大学までは『和井内のリーサ』でないと同級生から『誰それ?』と言われてしまうらしい。

ついでに、佐竹宗家は、
佐竹義重―女子―高倉永敦―滋野井公澄―正親町三条実彦―公積―実同―綱子―中山忠能―慶子―明治天皇─朝香宮鳩彦室─大給義龍室─佐竹孝
となっており、義直(7代)の時代に一度断絶した北家を継いだ佐竹義隣(ヨシリンではなくヨシチカ、北家8代)は上記の高倉永敦の同母兄弟にあたるようで、北家はかろうじて佐竹家の女系、傍系で続いているとされる。
かつて細川護熙に『細川さんはそんなに古い大名じゃないんだ。700年くらい。400年くらいうちの方が先輩だ』などと発言したこともあるが、1,100年も遡ったら大抵の日本人は源氏か平氏の嫡流、傍流くらいに行き着いてしまうのではないかという声もある。

佐竹氏は国替えで家臣団とともに秋田に来た歴史があるため、少しでも早く地元に馴染むように家臣団ともども『秋田弁』を使うように奨励し率先してきたとされる。
そのため時が流れ代を重ねていつの間にか秋田弁や訛りがOSレベルではなくH/Wレベルで定着した模様である。標準語のように聞こえなくもないが、いつもの不自然に両手を広げるポーズと作り笑いとともにどこか『浮いている』印象は多くの県民から指摘されるところである。

就職後1年間民間企業に籍を置き、1972年に県庁入庁。公務員試験を受けたのかどうかは不明。その後、商工部門、地方行政部門を担当し、工業振興課長、地方課長、総務部次長を歴任し、1997年に知事選に出馬するために退職したが落選。失業状態は拙いということで2001年秋田市長選に出馬し当選。2選を果たすが、2009年に任期を5ヶ月残し再び知事選に出るために辞職。目出度く17代秋田県知事となった。
初当選時には自民党と社民党から支持を得るなど政治家としての矜持を疑われる部分も感じられるが、所詮地方の首長は名誉職なのだから選挙はそれでも良いという声もある。
就職も県庁も秋田市長も途中で辞めて方向転換。こりゃ秋田県知事も途中で辞めてまた別の何かを探すのだろうかという観測もある。
秋田市長時代もこれといった実績は記憶されていないが、2期目になる県知事でもこれといった実績が無く、強いていえば阿二の『くまくま園』くらいで、左翼や動物アイゴー団体にはからっきし弱いと噂される所以である。わずかに数字で公約した雇用創出(2年間で5,000人)も未だに途中である。

猫好きが全国的に有名で、自宅(公舎)で現在8匹の猫と暮らしているとされ、その中にはロシア・プーチン大統領からプレゼントされたサイベリアンもいる。
贈った秋田犬(ゆめ)はポケットマネーで贈ったわけではなく、知事がサイベリアンを独り占めして『おちょちょ、おちょちょ』などとモフモフして遊んでいることを問題視する声もある。

2013年11月から『龍角散ののどすっきり飴』のテレビCMに出演したが、ギャラは昼食の弁当だったと本人が言ったらしい。
『秘密のケンミンSHOW』にも出演したが、県内産のあきたこまちを進呈するというチョイ役だった。

表情は一見にこやかだが、福島原発事故の際の瓦礫受け入れでは、『ギャーギャー騒ぐな』と発言したり、くまくま園問題では『私のリーダーシップが無くなる』などと議会の反対意見を蹴飛ばした。
さらに最近では『人口減少はコメのせいだ』と自らの先祖の施策(新田開発など)を否定するかのような芸当もみせているが、地元民からは『はぁ、今更何を』という声しか聞かれない。
もっとメディアに出たら失言・放言も多そうだが、地元メディアは県庁広報部を兼ねているため悪印象を持たれる可能性のあるものは決して報じない。

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防災よりもソウル線復活が知事の優先事項か? への3件のフィードバック

  1. 炙りたらこ より:

    企業誘致に力を入れた就任1年目は、なんと「年間企業誘致ゼロ」を達成しましたし、
    佐竹知事が関わると、何故か悪い結果になるのは、客観的な事実です。

    地域の利益を考えれば、佐竹知事は秋田にいないほうが良いのです。
    常識人を装っていますが、非常識で無責任で、無駄に権力を振りかざす人です。

    佐竹知事がまた朝鮮への利益供与を行えば、
    秋田県全体のイメージダウンは避けられないでしょう。

  2. きりたんぽ より:

    私がいつも勉強させて頂く専門家の人たちの映像ですが
    紹介させて頂く映像はタイトルとは違う内容ですが、
    繋がっている基礎部分の資料をぜひ皆さんに見て頂けたらと思います。

  3. 知事にとっては、6月から計画されていたことを実行しただけなんでしょうね。

    http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1398402090431/files/20140611.pdf
    美の国ネットの中にあるpdf資料ですけど、6月11日付けとなってます。ということは、その頃から再開の動きがあったということです。でもたった1日で何ができるんでしょう?
    http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1406876819379/files/260811.pdf

    今日からは台湾に出張しているみたいですけど、何をお願いしてるんでしょうね。
    http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1406876819379/files/260818.pdf

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