人口減少が問題ではなく少子高齢化の構造が問題だろうに

秋田県がまた斜め(上?下?)な決定をしたようだ。
特定地域で規制緩和を進める『国家戦略特区』について、人口減少対策を推進する特区構想を内閣府に提案するそうだ。
いくつかのメディアで取り上げられているが中身の具体的なものには触れていないため詳細は不明だ。(本当に中身があるのか? 予算付けだけでは?)
しかし、毎年1万人以上減少し人口減を食い止めて地域の活力の維持を目指すという意味が全くわからない。
人口減少を食い止めるため規制緩和、税制優遇などと要望するらしいが、何かの規制や税制のせいで人口減少が進んでいる印象は全く無いのだが・・・。
殿様知事は『国の本気度を測る』などと言ったそうだが、自身の二期目の公約はどうしたのだ? そっちの本気度を県民は見ているというのに。

人口が減少していくのは秋田県だけではない。人口構成の統計で明らかなように問題はその1万人が若年層を中心とした秋田を背負っていくべき人たちだということであって、頭数を維持(これが既に志が低い)したところで労働・生産・消費とは遠い子供と年寄りだけでは地域の活力どころか地域そのものの維持すら危ういではないか。
少子高齢化が始まったのは昨日、一昨日ではない。もし子供と年寄りで十分活性化できるのなら現在の秋田の凋落はなかったはずではないか? 年寄りとは人生を過ごして知力・体力の衰えによって生物学的・社会的に責任負担に耐えられなくなり順当に役に立たなくなるから年寄りなのであって、そこを無理矢理『シルバー世代の力』などと銘打ったところで要求されるほうも傍迷惑な話で活力とは遠い位置にあることは誰でもわかることだ。
極端な話、人口が減少しても構わないがその人口構成をドラスティックに変えなければ話にならない。
キャッチコピー好きな殿様らしい特区構想提案なのだろう。

■少子化対策には短命化、低学歴化、重婚容認を(2014/6/17)
■少子化は少”母”化。遅すぎる秋田県の対応(人口問題対策連絡会議)(2014/5/8)
■秋田県の少子化対策は誰が音頭を取るのか(2013/10/25)
■少子化対策はヒトラーの経済政策にもヒントがある(2013/10/21)
■若い支那移民を受け入れたら高齢化に拍車をかける結果に ~ニュージーランド~(2013/4/24)
■少子化の行方(2012/4/3)
■高齢化率トップでも長寿な県ではない秋田(2012/1/25)
■長生きは褒められない時代(2011/10/12)

人口減少を食い止めるためには出生率を上げることが必要でそのためには地元での雇用創出も大事だが、これが第一義あるいは全てではない。
何故なら雇用と人口特に出生率の関係はほとんど雇用のないと言われる沖縄で出生率が高いことを説明できない。

医療や介護を中心とした雇用創出。聞こえは良いが全く偽善に聞こえる。
筆者は身近に13年間脳腫瘍で半植物のような家族を他の家族皆で支えてきたが、今考えても誰にとっても(病人本人にとっても)本当に意味の無い時間だったとしか思えない。
20歳かそこらの最もエネルギーや夢に満ち溢れた時代の若者が『はい、これが貴方の仕事です』と既に人間としての尊厳も失ったような年寄りの下の世話からさせられ挙句の果てに腰を痛めたりすることが果たして幸せだろうか。
中にはアプリオリに優しく慈愛に溢れ、そういった仕事をベルーフと感じる人も極稀にはいるだろうが大半は逃げ出して当然だ。
ましてやそんな仕事を移民で賄うことになればまた別の問題が出てくる。
介護を雇用創出の軸に据えるのは最悪だ。

70(いや80か)過ぎたら神のうち

これを実現できる特区申請をしてもらいたいものだ。

死は悲しいものではありません。
死の準備が出来ずに死ぬことだけが本人も周囲も無念で悲しいことです。
(あるロシア人の言葉)

 


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