白鵬で国籍問題を考える

滅多に大相撲は見ないし興味も無いが、社員さんの2人が事務所の大きなモニターで見るのが好きでよく見ているため何気に付き合って筆者が知る限りの解説をするのだが、今場所は逸ノ城というモンスターが出てきて来場所は大相撲ファンはなかなか楽しみが増えたに違いない。(実はある方法でウィーンでも中継が見れるのだ)
それにしてもこの逸ノ城を意外に簡単に料理した横綱白鵬はこれで千代の富士と並ぶ優勝回数で次は大鵬の持つ優勝回数まで1つだそうだ。まさに歴史に残る大横綱だ。

今日現在、白鵬が日本国籍を取得しているのかどうか確認していないが、たぶんまだモンゴル国籍だろうと思う。
何かで読んだことがあるが、白鵬は帰化申請をしたら即日でもOKなくらい条件を満たしているそうで、日本人女性と結婚していることからも何故帰化申請しないのか本人にしかわからない葛藤があるのだろうということである。
ひょっとして今後も日本に住み続けるのかもしれないが、現在のままモンゴル国籍では引退後に年寄株は買えず、一代年寄りという道も無いのだそうだ。取得すればそういう道は当然あるということらしい。
相撲協会の頑ななルールはそれはそれで仕方が無いが、国籍取得の明確な条件・資格があるのだから、相撲協会も歴史に残る大横綱には特例を認めても良さそうなものだ。

既に大相撲の世界はモンゴルや東欧、エジプトなど各国からの力士が多数で、元北の富士などはことあるごとに『日本人力士が云々、指導者が云々』と言うが現状はモンゴル人がいないと横綱はおろか三役も成り立たないことになりそうだ。
大砂嵐はラマダンのときは相当にシンドイらしいが、それでも辛抱して続けているのは単に賞金だけが目当てとも思えない。
力士が国際化している以上、相撲協会ももう少し柔軟に構えても良さそうだ。
白鵬が日本人女性と結婚したときはモンゴル国内では相当に非難の声が上がったらしい。モンゴル人は血縁、血統のようなものを非常に大事にする民族・風習だそうで、チンギスハーンの歴史や時々TVなどで見る遊牧生活を見ればそれも何となく理解できる。
白鵬が日本国籍を取らない理由はモンゴル人としてのプライドがある故だろうし、日本人女性と結婚した時点でそういう葛藤が生まれることは当然覚悟していただろう。

国籍に関しては本当に1か0かのような白黒はっきりさせるべきもので、在日棄民のように国籍も無いくせに日本人だなどというのは国家、国境、国籍といったものの意味を理解していない証拠なのだが、入管法、国籍法等の国の法律は厳密に運用すべきものでいい加減なものは許すべきではない。その国の法制度等による外国人の区別は差別ではない(と世界人権宣言にも書かれている)。
しかし、大相撲の相撲協会は民間団体であって、中身(力士)が国際化している以上はその外側(ルール)だけを頑なに守ってもあまり意味は無く、日本人の若手力士の発奮にも繋がらないような気がする。まあ、門外漢の筆者にはわからない様々なことがあるのだろうが・・・。
天皇制や神道などもそうだが、日本人がこっそり日本人同士の中だけで誇りに思っていれば良いことや守るべき伝統や文化の表面的なことはことさら国際的に喧伝する必要などない。

考えてみれば、最初の国民栄誉賞は台湾国籍(支那国籍)の王貞治氏である。白鵬の国籍問題は本人の意思が第一だが、日本というのは国籍で外国人差別はしないが、法制度に基づく外国人区別はきっちりするということを見せる良い機会だ。
一方では、欧州では相撲ファンも多くTVで録画などを見ている人も案外多いため、相撲協会も例えば優勝した際の表彰式では『君が代』の後に優勝力士の国歌を流すくらいの太っ腹なところを見せたらいいのに。
あるいは、(本人の希望によるが)優勝回数が1位になったら大鵬と柏戸の字をもらって、白鵬を柏鵬と改名を許すとか・・・。(年4場所だった頃とは比較するなと(^^))

筆者もここでは外国人であり、常にパスポートとは無縁ではいられない。日本に住んでいると国籍を意識することは滅多に無いが、白鵬の国籍問題はなんとなく身近な話題なのである。

 


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白鵬で国籍問題を考える への3件のフィードバック

  1. ゆきんこ より:

    私も子供の頃から相撲は大好きでした。 最近、大鵬がハーフだったと知り驚きましたが。 私は、国技であり神事である相撲をする力士は、純日本人であるべきだと思うので、外人ばかりの現状は嘆かわしいです。 柔道のようにスポーツ化・娯楽化してしまうことで、精神的に堕落してしまうような気がします。 譲り合う文化の私達と弱肉強食文化の外国人が共存するには、ありとあらゆる方面から規則や法律を見直し悪用されないように検討すべきだと思います。
     一方、天皇制や神道に関しては、私も日本だけのものにしておきたいという気持ちはありますが、最低限の宣伝活動は外務省なり国がして欲しいと思っています。 理由は、異国に理解されにくく、戦勝国や第三国に悪用されているから。 もし天皇制や神道が理解されていれば、日本には奴隷制が育たない土壌であると説明できますし、慰安婦問題もここまでは拡散されなかったかもしれません。

    • argusakita より:

      大鵬については前にちょっと書きました。
      ウクライナが落ち着いたらまた大鵬の手形を探してみようと思っています。
      そうか、相撲のルーツは神事でしたね。ただ相撲が国技といっているのは日本相撲協会の主張が一般にそう思われているだけのようで正確には国技(相撲、剣道、柔道、弓道の武道とされるが法的な規定は無い)の一つということらしいですよ。
      大相撲は相撲の中でもプロの興行ですから神事として見なくてもいいような気がしますが・・・。
      JUDOは柔道とは別のものに進化してしまいましたね。今はフランスのほうが日本よりも競技人口が多いとか。
      サッカーとラグビーのルーツが一緒だったように一部は娯楽やプロスポーツとして分化、進化してもいいような気がするのですが。

      >譲り合う文化の私達と弱肉強食文化の外国人が共存する

      個人的にはその対比は勘違いだろうと思います。表に出すか出さないか、人目を気にするかしないかの文化的な違いは感じますが基本的には日本でも外国でも弱肉強食ではないでしょうか。共存は確かに難しい気がします。

      天皇制や神道のPRはかつての国家神道の解体と憲法20条で国が金を出してというのは難しいのでしょうが、伊勢神宮の英語版ページなどはよく書かれていると思いますので私は外国人にはここのページを勧めています。英語だけじゃなく20ヶ国語ぐらい欲しいですが、支那語とハングルしか無いのが非常に残念です。
      外国人にしたら、一地域一国が2,000年以上(神話も含めて)しかも元首が万世一系というのは他に例が無いので簡単には理解できないようです。
      歴史的に明確な奴隷制が無い日本というのも外国人にはなかなか理解してもらえません。

      • 脇から失礼します。

        個人的に国技は江戸時代中期ころまでに確立したものでないかと思ってます。天然記念物関係を調べたときに、文化財保護法から天然記念物法が派生しており、文化財が江戸時代中期ころまでに確立したものと書かれていたような気がしてます。ですから多分国技も江戸時代中期までに確立したものでないと駄目ではないかと。文化財と国技を同一視するなと言われそうですが。

        ですから、幕末から明治期に確立した柔道は多分国技ではないと個人的に思います。剣道は確実に国技だと思いますけど。

        相撲が国技と呼ばれる前に国技館の名称が使われたという経緯もあり、神話に書かれている相撲と言われているものは足技で蹴り殺しているから現代の相撲からはかけ離れているし、相撲は厳密には国技なのか? まあ、現在は国技と言われているのでそういうことにしておきます。

        ですから、現在外国人で支えられていることもしかたのないことかもしれません。

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