政治家とボディランゲージ

秋田に戻って何気にTVを見ていたら、政見放送をやっていて取り合えず候補者全部を見てみた。
インタビュー形式なのかどうかもよくわからないが薄笑いを浮かべながら滔々と文語体の原稿を読んでいるようなのもいれば、自分の言葉で口語体で話しているのもいてなかなかおもしろい。共通して『秋田を元気に、再生』のようなスローガンが出てくるものの、誰一人その具体的なわかりやすいアプローチについて策が語られない。これでは誰でも同じと見られても仕方が無さそうだ。
秋田の度し難い現状などことさら強調しなくとも有権者は皆わかっているというのに・・・。その前提でアンタは何をやろうとしているのかを有権者は聞きたいのだ。

ところで、TVを見ていて気になったのが候補者のボディランゲージである。
日本人は、日本語という強力な言語(同義語多数、形容詞豊富)を駆使するためか身振り手振りでその言葉の強調度合いを補完する必要性があまりないため一般的にボディランゲージがヘタである。
ただ、直立したまま延々と言葉だけに頼ると飽きられるため、ちょいちょい身振り手振りを後付けしたりする。
その後付けが話の内容や単語とは無関係に出てくるものだから、見聞きしている者にとっては非常に違和感があったりして全体的な説得力という点でマイナスになってしまう場合が多い。
また某自民党候補のように両手を広げたまま動かさず、話している間に全く表情が変らない、目が笑っていないといった絵はどんなに立派な話をしても薄気味悪さしか残らない。

satake201401殿様知事などもそうだが、無理矢理笑みを作るような仕草や両手を無意味に広げて話す政治家(屋)が多いのだが、一度短時間でいいからビジネススクールの講義や社会心理学のレクチャーでも受けたらいいのにと思う。プレゼンテーション技術はやはり集中して勉強する価値のあるものだ。無論、それに頼ってもいけないし日本語で言う誠実さのようなものや人柄を感じさせるものはやはり持って生まれたものであることは間違いない。
しかし、声の高低大小、話すスピードの緩急といった日本的・伝統的な話術と迫力だけに頼るとやはりどこかエラそうに・・・という印象を受ける。
muraoka201311両手を無意味に広げるというのは、話し手と聞き手の間の支配関係を非言語的表現をしている場合が多く、両手を広げることで占有空間を大きくし自分を大きく見せることを無意識に行っているのである。
実は、この行動は言語(人間と同様なという意味の)を持たないヒト以外の霊長類でも共通の行動とされている。
また、ロックミュージシャンがステージで両手を突上げたり、(観衆が注目しているのが見えないはずの)盲目のランナーがゴールした瞬間に両手を上げたりするのも全く同じ心理だとされる。
裏を返せば、自分を大きく見せることを無意識にしているということは自分に対する自信の無さ、弱さを隠す行動でもある。

chimp霊長類の群れのなかで力を持つボスは、テストステロンが多くコルチゾールが少ないことが知られていて、ある日突然ボスが死にそれを引き継いだ固体はテストステロンが増加しコルチゾールが減少するのだそうで、それぞれ極端に変化するのだそうだ。
この2つのホルモン、すなわち支配性を司るテストステロンとストレスを左右するコルチゾールの量を計測すると人間の場合も心理状態がある程度わかるということだろう。
14日の選挙で、候補者たちのテストステロンとコルチゾールはそれぞれどう変化するだろうか。

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カテゴリー: 県政・市政・議会, 科学・テクノロジー, 国政・国会 タグ: , , , , , パーマリンク