Blockupy(ブロキュパイ)に日本は無関心?

18日にドイツ・フランクフルトで起きた2万人規模(警察発表は1万5千人)の大暴動になったようで、ウィーンでも少し動きがあったようだがフランクフルトの暴動が最も大きかったようだ。Blockupyは欧州39都市で一斉に計画された。
デモは18日の欧州中央銀行(ECB)の新本部開設式典に合わせて行われ、Blockupy自体はさほど過激な運動・集団ではないが、このデモにスペインやギリシャからの過激な活動家集団が混じって一気に放火や破壊の暴動になったようだ。
暴動の様子の写真はここにある。(ウィーナー・ツァイトゥング)

Blockupy(ブロキュパイ、HPはここ)は、2012年ごろから活動が始まったが、これは2011年秋のアメリカ・ニューヨークで起きたOccupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)運動の広がりの一つとされる。
BlockupyはBlock Occupyの意味で、ごく少数の資本家・富裕層による独占を許すなというのが根本。日本語では『反資本主義』とか訳語が当てられているらしいが、あたかも左翼的な印象を与えるかのような恣意的な訳語だろうと思う。
ごく少数の資本家・富裕層による独占を許すなという思想は、決して極貧層・底辺層の人々だけによる極左運動ではないしデモの主体が移民中心というわけでもない。
欧州のBlockupyは、ECBがギリシャやスペインといった南欧の国々に課す緊縮財政に反対することだけがクローズアップされ、ECBのコメントも『それは各国の問題でありECBに苦情を向けるのはお門違い』とかわしている。
しかし、運動の本質は中流層~底辺層の『格差是正』であって資本主義に真っ向から反対するのでもなければ、民族・人種対立といったものも含まれていない(と、筆者は理解している)。

日本でも様々な『格差』は問題だろうが、2008年~2009年の年越し派遣村のような運動は格差どころか雇用機会の問題(失業、派遣、非正規)だったし、民主党政権がこれに大鉈を振るうのかと期待されたが、無能な民主党には結局何も大きな変革が出来なかったのは周知の通りだ。
安倍政権になって格差問題雇用機会の問題や労働環境の問題と合わせて議論がゴチャゴチャになり、逆に労働環境の問題などはブラック企業という単語でクローズアップはされるものの既存の労働基準法の運用で対処で落ち着いているし、ホワイトカラーエグゼンプションなどによって改善よりは固定化(ある意味悪化)に向かっている。
直近ではアベノミクスの金融緩和による円安効果による大企業の内部留保を設備投資減税と賃上げで吐き出させることに成功し、大企業中心に春闘ではベアupなどが相次ぎ一見良さげな空気が出てきているようにも見える。
しかし、内部留保の無い中小企業はあまり状況は変わらず、非正規雇用の問題もドラスティックに変化が起きそうには見えない。
相変わらず世代間の格差は大きく、地域間の格差も広がる一方だ。
底辺層を構成するのが若年層中心であることは20年後、30年後にその層が極貧層になることを意味していて大変なことになることは経済の専門家でなくとも容易に理解できる。
地域間格差も既に消滅可能性自治体が具体的に挙げられている。

ピケティの本がバカ売れしている現象についても日本のメディアは決してBlockupyと関連して解説することはしなかったし、欧州全体あるいはEUで勝ち組の優等生であるドイツでBlockupyが起きていることを報道していなかった。
今回のフランクフルトの暴動についても、あの朝日を含めて大手紙は無視で報じたのは日経新聞だけである。おそらくTVのニュースなどでも一切触れなかっただろう。
報道しない自由はこれに限ったことではないが、日本でも経済が(一部)上向きかけた現在、改めて『格差』が極端にクローズアップされるのは政府としても不都合だろうから何らかの意図が働いていることだろう。

筆者は『格差』は資本主義ではある意味『必要』だと思うし、努力の結果による同世代での結果的な格差は当然と思う。(スタートラインの平等性は必要だとは思う)
しかし、漫然とした長年の三流政治によって出来上がった世代間の格差だけは解消すべきだと思う。
子供たちの世代の将来を考えると今の日本の格差(欧州に比べたら大したことはない)もそろそろ許容範囲を超えるのではないかと感じている。
日本版Blockupyは世代間の闘争になるだろうと予想している。
メディアが報道しない自由の行使はそれこそ自由だが、こう露骨に国内外の温度差を感じると結構危険だなと感じる。

abe-no-net日本では今日、『安倍政権 NO! 0322大行進』と銘打って、腐れ左翼やNPO等『西早稲田アナーキー村』やC.R.A.Cなどが味噌もクソも一緒の国会大包囲行動があるそうだ(時間的には終わったかな?)
Blockupyなどとは思想も質も違う気がするが、こういう核になる組織が不明なデモは誰かが調子に乗って車に火をつけたりした途端暴動にならないとも限らない。
それにしても何だこれ!? (^^)

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Blockupy(ブロキュパイ)に日本は無関心? への2件のフィードバック

  1. ドイツにおけるBlockupyは、移民排斥、
    ネオナチなどのカウンターパートと見てよいでしょうか。
    あくまでもドメスティックな動き。
    それとも欧州全体を巻き込む動きでしょうか。
    欧州における『格差』は今に始まった事ではないし、
    そもそも、社会主義、共産主義を含め平等な社会が存在した事実はありません。
    問題は格差ではなくその固定化だと以前述べましたが、自由競争社会では、
    機会均等を前提とするのは1章1項のルールです。
    新自由主義者でトリクルダウン理論を標榜する安倍首相。
    それを否定するトマ・ピケティ氏。
    カウンターパートナーでしょうか?

    ちょいととっちらかしました。

    • argusakita より:

      >ドイツにおけるBlockupyは、移民排斥、
      >ネオナチなどのカウンターパートと見てよいでしょうか。

      ドイツに限っていえばむしろそれら全部が呉越同舟な印象です。
      メルケル政権が大連立とはいっても前回の政権とは異なる相手との連立で、以前のようにギリシャをはじめ南欧に厳しく緊縮財政の注文を声高に付ける場面が少なくなったと思います。
      EU他国に財政規律を求める一方で税金や公共料金(特に後者)を上げて国民の不興を買っていて、為替の状況も前回の連立時よりも(輸出産業にとって)良くないわけでいろいろな方向から突き上げられているわけです。
      しかし、ポストメルケルが見えない今は政権を倒しても仕方が無い(ドイツ人はこのあたりは賢く合理的)ので矛先は金融政策の象徴であるECBになると。

      格差を騒いでいるのは案外穏健派で、外資系は好き勝手にやっているし国内資本はマイスターの空気が強いため、そこで押し出された中流層の不満が結構溜まっていると。Blockupyは本当はこの辺が中心でしょう。
      そこに移民等によって仕事を奪われた底辺層も加わって『カクサ』と騒いでいるように見えます。ついでに南欧のアナーキーな連中も加わると過激になります。
      ヨッピちゃんさん(なんか変)が書かれたように欧州は伝統的に厳然とした階級社会で格差をある意味当然、超えられない壁ということでしっかりわかっていますからね。

      似たような状況は北欧特にフィンランドやスウェーデンやオランダでは起きそうですが、南・中欧ではどうでしょう。支那依存(+支那をまた食っちゃおう的な目論見)や対イスラム、対ロシアで軍需に期待しているようにも見えますし・・・。

      >トリクルダウン理論を標榜する安倍首相
      これはある種の詭弁だろうと思っています。成熟した市場の日本はそれこそ内需の劇的な増加は戦争でもない限りあり得ないでしょう。単にそれ以外の説明のモデルが無さそうだから『おこぼれ経済』と言っているのではないでしょうか。
      きっと、今のタイミングでピケティは余計なこと言ってくれるよなぁと思っているのでは?(^^)

      震災復興で内需拡大を期待したものの、人手不足が予想以上でさっぱり。
      人手不足が問題になるインフラ整備や開発では内需拡大にならんなと思ったら、思いっきり『消費だけ』になる軍需に向かうのは大昔からの『土木か戦争か』というわかりやすい選択でしょう・・・と思います。

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