かつてIMF体制に挑み頓挫した(アメリカに頓挫させられた)国

欧州ではAIIB参加表明国が多くオーストリアも創立メンバーになっている。
17日に閉幕したG20全体会議では支那などが言及したらしいが、全体的な議題とはならず採択された声明でも特にAIIBに関する声明は出なかった。しかし、AIIB創立メンバー57カ国中、G20のうちの14カ国が参加表明しているため、集まった財務大臣・各国中銀総裁の間では情報戦、神経戦が熾烈だっただろうと推察。

※参加14カ国・・・ブラジル、ロシア、インド、支那、南アフリカ(BRICS)、オーストラリア、インドネシア、南朝鮮、トルコ、サウジアラビア、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア
※当面見送り・・・日本、アメリカ、カナダ、メキシコ、アルゼンチン、(EUとしては参加を表明していない)

16日に麻生大臣がメディアに対して『ルー長官との会談では、AIIBについて国際的に確立したスタンダードに基づくことが重要ということで一致している』と総会前に牽制していたことで、全体会議や声明のテーマにしにくい空気を作っていたのだろう。日米のスクラムはやはり大きな影響力があることは間違いない。
しかし、一方では途上国からはアメリカ主導のIMF(国際通貨基金)の改革が進まないことに強い不満が示されたそうだ。
IMFはアメリカが17.67%出資(日本は6.56%)しているため事実上唯一の拒否権を持ち、しかもアメリカ国内の議会の承認が必要で、民主・共和のネジレ状態のオバマ政権下ではIMF改革が進む見込みはほとんど無い。

支那は未だにシンパのメディアを使って『日本は6月頃参加予定』だの『姿勢に変化』だのと飛ばし記事を出させ粉を撒いているが、ブレない麻生大臣のおかげで日本は今のところは安心して見ていられる。麻生大臣にはこの際靖國の例大祭にでも行ってもらえば完璧なのだが・・・。支那はどうしても日本からの『真水』が必要のようだ。
今回の支那主導のAIIB問題は、IMF体制、ドル基軸体制への挑戦というコンテキストで語られることが多く筆者もそう感じるが、実は20年近く前に同じようにこれに挑戦した国がある。
日本である。

1997年に始まったアジア通貨危機、アジア金融危機の際の新宮沢構想、AMF構想(アジア通貨基金構想)である。登場人物は、宮沢元首相(故人)、三塚博元大蔵相(故人)、ミスター円こと榊原英資財務官(当時)、現日銀総裁黒田東彦国際金融局長(当時)、渡辺達郎副財務官(当時)などである。
1997年5月13日に始まったヘッジファンド(ジョージ・ソロス等)によるタイのバーツ売り攻撃に始まったアジア通貨危機はその後マレーシア、フィリピン、香港の中央銀行の買い支えなどものともせず、ドルペッグを変動相場制にさせたり、再びペッグ制にさせたり大混乱を引き起こした。
タイは1日に63億ドルもの介入(当時は日銀でさえ1日50億ドルを超える介入は滅多に無かった。2011年の”日銀砲”は800~900億ドル規模である)をしてもヘッジファンドに勝てなかった。
5月14日にはシンガポール、マレーシア、香港との4カ国・地域協調介入を実施し介入規模は1日で100億ドルにも達したそうだ。支那はこのときもペッグ制であったが為替取引の事前申請制をとっていたために打撃は小さかった。アメリカですら株式は一時サーキットブレーカが発動するほどの株価下落があり、日本は株価下落に加えて実質的な拠出金で打撃を食らったと言える。
タイ支援パッケージとして140億ドル必要となりIMF40億ドル、WB(世界銀行)15億ドル、ADB(アジア開発銀行)12億ドル、日本40億ドルを表明したものの不足で、その後日本の呼びかけに応じたオーストラリアと支那が10億ドルずつ拠出を表明し、インドネシア、マレーシア、シンガポール、香港および南朝鮮とWBとADBの追加拠出によって総額172億ドルになった。
ところがこの支援パッケージでもバーツはどんどん暴落し、巻き込まれたインドネシアは為替管理を諦めたほどだ。

※このあたりの日時を追うドキュメントは榊原英資氏の『日本と世界が震えた日~サイバー資本主義の成立~』に詳しく、映画やドラマにでもしたら迫力あるものが出来そうだ。

このような混乱を日本の財務省は以前から予想していたようで、アジア通貨危機以前から黒田国際金融局長がAMF構想を私案としてまとめていたとされる。
AMF構想の考え方は、WBに対してADBがあるのだからIMFに対してもアジア版の基金があってもいいのではないかという発想なのだそうだ。
榊原財務官が各国を飛び回り、日本、支那、香港、南朝鮮、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピンのアジア10カ国・地域を中心に1000億ドル規模(昨今のAIIB提唱と同規模)の基金を作ることに調整を始めていたが、これを突如阻止したのはサマーズ財務副長官(当時)とされ、その理由は、
・アメリカが参加していないこと
・AMFがIMFとは関係なく独立して行動できること
を激しく非難したようだ。

結局、当時のルービン財務長官とグリーンスパンFRB議長の連盟で上記10カ国・地域を含むAPEC各国に書簡が送られ、直前の会議でアメリカの根回しによってオーストラリアが参加を見送ったこともあり構想は1997年11月のマニラ・フレームワークによって頓挫する。この頓挫が響いたのかどうか、1999年夏に榊原財務官は退官することになる。
要するにアメリカの関与できない基金構想は絶対に許さないというアメリカの明確な意思表示であったのだ。

投資銀行と基金と性格は若干違うが、アメリカのスタンスはAIIBに対しても同じである。
日本はガバナンスの不透明性を不参加の主な理由にしているが、アメリカはそこが本質的な反対理由ではないだろう。
アメリカがイニシアチブを握れない基金・組織は許さない。(アメリカの自由になる)IMFと独立して行動できる組織は許さない。これがアメリカの意思である。

たまたま日米が協調してAIIB不参加を表明しているが、実はこれこそ呉越同舟なのかもしれず、例えば支那が『AIIBは大国アメリカと支那の2国が決定権を持つ』と表明した途端にアメリカは参加するに違いない。ひょっとするとアメリカは現在も水面下で支那と交渉を進めているかもしれない。
そうなった場合は日本は完全に孤立する道を歩まなければならない。日本は、国家破綻が想定されていないが、破綻した場合でも金額規模からいってIMFなどが救済できる規模ではない。救済・国家存続の唯一の方法は国民の預金等の凍結である。

 

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