『公務員的なもの』を選ぶ若者が少なくないのは我々大人の責任か

愚息がそろそろ具体的な就職先について模索しだしたようでSkypeで話していてちょっとショック。なんと、
『公務員試験受けるかなぁ』
だそうだ。国家公務員総合職(昔の甲種あるいはⅠ種)を受けようと考えているらしく、ダメなら地方公務員・・・などとアホなことを言うので、お前みたいな奴が公務員になるから日本がダメになるんだと冗談交じり(実は本音)で一喝。
同じ学科の友人達も似たような選択肢で考えているのが多いと聞きさらにショック。
あれほど小さい頃から公務員でリスペクトしていいのは自衛官と消防士(共に命がけ)と霞ヶ関の一握りだけだと教育してきたつもりだったのに・・・。どう頑張っても霞ヶ関の一握りなんぞに縁は無いだろうと(^^)。
完全に子育てに失敗したか!?

日本の公務員が重要だったのは明治維新後と第二次大戦後、特に後者は焼け野原の日本を立て直すために個性や個人の資質を埋没させ組織を動かす軍隊的なものが必要で、民間も同様に動いた。当然学校教育もその遂行に必要な均質性と一定レベルを重要視し、落ちこぼれも浮きこぼれも許容しない一定の幅の価値観を植えつけることを徹底した。
要するに文句を言わない一定品質の『歯車』を大量に生産し一定時間(定年まで)使用する霞ヶ関の官僚機構を頂点とした社会システムを作り上げたのである。
その結果、日本は戦後間もなくの国家予算の半分にもなる戦後の賠償金支払いも完遂し(インフレ策も功を奏したが)、朝鮮戦争・ベトナム戦争特需による民間の稼ぎで奇跡的な高度成長を遂げた。そこには政治やイデオロギーなどは実はあまり重要ではなく、とにかくとりあえず物質的な観点(ほぼハードウェアのみ)で戦勝国に追いつくことだけが国民共通の至上命題だったはずだ。ごく少数のエリート集団によるアイデアをブレイクダウンしドキュメント(法令・条例)に基づき働く判断能力の不要な働き蟻の機構を作り実行していく組織を全国隅々まで浸透させた。それが国家公務員、地方公務員の役割で本質だったはずだ。没個性、没人間性を強いられる代償あるいは働き蟻のモチベーションのために組織内の肩書のヒエラルキーによる組織内競争と経済的な安定性(と身分保証)が公務員に与えられた。当然ながら上層部には裁量権・決裁権を与え税金の使途を実質的に決定させる権能を与えた。
ついでに経済的な安定性によって消費や税金の回収対象とされ、三種の神器だのマイホーム、マイカーだのといった冷静に考えればさほど重要なものではないものに重きを置く価値観が植え付けられ内需の拡大に貢献させられた。
これらの弊害が、自分の頭で考える能力の発揮のしようが無い組織を生み出し、ソフトウェアやエンターテインメントに極端に弱いいわゆる公務員体質を作り出したとも言える。

こうした公務員体質を戦後70年続けていつの間にか気が付けば経済的には世界2位の大国になってしまい、日本の社会が物質的には相当に熟したにもかかわらず今度は役割が終わった組織の自己保存・延命が目的化し、中央省庁の下に特殊法人(33)、認可法人(整理途中で数不明。とにかく沢山)、特別民間法人(38)、独立行政法人(98)、公益法人(9,200以上)とそれらの系列の子会社や関連会社といったファミリーが全国隅々まで蔓延る結果となった。
役割を終えたものを廃棄して新しいものを作り上げるという発想は公務員には無い。常に足し算で増やすだけである。組織が役割を終えるということがその組織の一部である自身の自己否定に直結するからだろう。
人間の体とは異なり、健全性を保つために持っているアポトーシス(apoptosis)とは無縁で外的な圧力が原因で消滅するネクローシス(necrosis)だけがあるのが公務員組織だ。ただし、ネクローシスの場合であっても看板を架け替えて自己保存を図るなどについては驚異的な能力を発揮したりする。
公務員ではないものの『公務員的なもの』がワンサカという状況が役人天国日本の現在の実態だろう。

OECDの統計などでは日本は人口比で言えば公務員の割合が6%程度で30%程度のスウェーデンなどと比較しても極端に少なくOECD加盟国中でも下位に位置するが、実はこの統計では『公務員的なもの』がカウントされていないため、実態はどうだろう。
既に先進国に追いつけ追い越せの時代が過ぎて長い時間が経つにも関わらず、『公務員的なもの』の数が多すぎ、さらにそれを是とする空気が幅を利かせる。
多様な価値観、個性などが優位にならないのはこの『公務員的なもの』と相変わらずそれを生み出し続ける日本の教育システムや社会システムに起因している。
どこか間違っていると多くの国民が気づいていてもなす術が無い状態になり、その結果あらゆる面での制度疲労やモラル低下が閉塞感を生み出し複雑な影響をもたらしている。
実は、身分保証と経済的な安定性が与えられる『公務員的なもの』そのものがケインズ流の土木工事(穴を掘ってまた埋める)のような公共事業と言えるのではないだろうか。
(この意味で多くの公務員が無駄、削減すべきという単純な議論には筆者は賛成できない)
そして戦後レジームの国内問題の最大のものがこの『公務員的なもの』なのだろうと筆者は考えている。

最近、総合職合格の国家公務員でも仕事をさっさと辞め、対極にあるとも言える自己実現を求めて仕事を始めたりする人が増えているのは非常に良いことだと思う。気づいた奴、賢い奴が先頭を走るのは世の常だからだ。
職業観というのは人それぞれだが、若くそれこそ(例え根拠が希薄でも)無限大の可能性がある時期に、身分保証や経済的な安定性と自己の可能性や夢のようなものをトレードオフするのはナンセンスにしか思えない。(自衛隊と消防士と霞ヶ関の中枢の一部は別)

若者に限らず日本の社会全体が正規雇用/非正規雇用などを極端にクローズアップすることもどこか異常に思える筆者にしてみれば、
『何言ってんだ、職人や零細事業者の経営者は100%非正規みたいなもんだ』
と言えるし、そもそも(特に地方で)雇用が無いと文句を言うくらいなら手に職をつけるなり起業するなり自己実現の方法はあるだろうに。それくらい日本の価値観というのは幅が狭いのだろう。
ブラック企業などという単語が国会でも出てくるのは日本の社会が成熟しきった一つの証拠のようにも思える。企業経営者にしてみればSONYだってPanasonicだって創業当初は相当にブラックだったはずだと想像するのは容易い。

自己実現の目標も方法も無い・わからない状態で仕事は生活のための報酬をもらうために我慢してやるものという意識なら間違いなく長続きはしない。長続きさせるには思考停止と引き換えに公務員的なものになるのが一番だ。今の若い人は案外それを理解しているのだろうとも思うが、何とも気の毒な話だ。
やはりドイツのように大卒後に1年以上のモラトリアム(ボランティアやワーホリ)をほぼ義務化することが必要な気がする。
筆者は自分の会社を愚息や愚娘に継がせないと昔から言っているので、それぞれが自分の職業を選ぶのだろうが、万が一愚息が地方公務員一般事務職などになったら勘当だな(^^)。

 

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『公務員的なもの』を選ぶ若者が少なくないのは我々大人の責任か への5件のフィードバック

  1. きりたんぽ より:

    私は高卒ですが、思い出しますとあの時代は就職氷河期の真っ只中で長い間凍りついておりました(笑)

    しかし創立の古い商業高校でしたので企業のつながりが濃く新卒求人では恵まれていたかもしれません。

    思い出しますと簿記部などでは、全商1級を在学中に取得すれば、一橋大学に推薦確定とかもありました(現在はわかりません)。

    たとえ進学しなくても高卒の新卒で地銀はもちろんメガバンクからもオファーも多かったです。

    決して簿記部だけではありませんが、あの当時にかなり銀行には新卒で就いた同級生も多く、女子生徒などでは後に結婚して家庭を持つと同時に退職し、子供の手がかからなくなってパートや正規でもまた銀行に就くことが難しくないようだということを聞いたことがありました。

    そういえばあの頃は「住専」などが話題になりましたね。
    「住専」が強い味方だったからなのでしょうか。

    今は関東・首都圏はどうなのかはわかりませんが、どんな時代も金融・経済の目に見えない技術・知見などは必須なものだと改めて感じますし、世界共通のものでどこでも生きていける技術だと思います。

    もし私が現在、息子様の年代でしたら国内でも外資でもいいので金融を選びたいと思ってしまいますね。

    • argusakita より:

      ウチの愚息は数学が苦手なので金融工学はハードルが高そうです。
      夫婦共に理科系なのになんで文科系に進んだのかが謎ですが、案外親を反面教師にしているんでしょうねぇ(^^)。

  2. ブルーベリー より:

    若いうちから、意欲も展望もなく 「安楽に暮らす為に公務員なりたい」 というのは
    社会に対しての「裏切り」だと思います。 

    まあ、日本はギリシャみたいになると思うので、公務員が安泰とは思いませんが。

    • argusakita より:

      公務員とは言っても専門職は別でしょうが、地方公務員の一般事務職なんてのはどんどん減らしてソーシャルワーカーだの自然保護要員だの農業、水産業だのの現場要員を増やしてもいいと思うんです。
      ギリシャの公務員採用は議会の議員のコネ採用が多いらしいので最初からモラルが低いのです。
      秋田市あたりもコネが重要らしいですが、地方公務員採用を民間に任せたらそれなりに人材確保ができるだろうと思います。
      自浄作用が無い組織ですから、採用はお手盛りにならないのが一番です。
      あるいは、必ず民間での就業経験を条件付けて採用は30歳以上に限るとか。

      • コームイン より:

        地方公務員の専門化というのは大いに賛成です。
        一般事務職なんてのは郡部に行かされたり、農政やったり医務薬事やったり少子化やったり挙句の果てはどこかの事務所長みたいな能力の無駄遣いばっかりです。
        幅広い見聞を身につけてもそれを生かそうとするころには定年。
        最初の5年くらいで専門分野を特定して、後はずーっとその分野で能力やアイデアを生かすほうがよほど県民のためになる。
        組織のあり方というか運営そのものがアホの塊です。

        >あるいは、必ず民間での就業経験を条件付けて採用は30歳以上に限るとか。
        大賛成。
        大卒だろうと高卒だろうとそんな知見も経験もない連中が行政サービスという仕事ができるわけがない。

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