『次は負けない』『勝てない戦争はしない』という談話が必要

Enola Gay crew原爆投下の6日、何年経ってもこの偽善的なレジームの儀式が相変わらず行われることに憤りを感じる日である。
核兵器不使用の誓いをすべきは核保有国であり、慰霊・祈念の主体が被害者である広島(さらに長崎)や日本であることを是とする日本は絶対に理解できないし国外からは理解されない。
Kennedy-in-hiroshima20150806参列者の群れの中に『お客さん』のように座るケネディ米大使をメディアはさらりと映すが、毎年アメリカ大使だけは慰霊碑の隣に特別席をポツンと一つ用意すべきではないのか?

核兵器は絶対悪だという広島市長の言葉はその通りだろうが、その絶対悪でバランスを保っている世界の微妙な平和均衡(世界的な大戦中ではないという意味で)もまた絶対的な現実であり核兵器の廃絶はその微妙な平和均衡を崩しかねないことが語られないのがおためごかしであり、加えて誰に向けての『悲しみ』や『祈り』なのかわからないような祈りに子供の作文朗読などを利用する一連の儀式には納得がいかない。
平和への誓い? 平和かどうかは自分で決めるものではない、他者との相対関係で決まるものだろう。一国で平和を誓うというマスターベーションを理解できるのは脳内花畑の連中だけだ。
毎年追加される原爆死没者名簿。明らかに投下時あるいは放射線被ばくによる犠牲者は別として、厚労省の認定基準からみれば天寿を全うした人も含めて名簿記載は『死因は何でもよい』のである。医学的な基準からの被爆者認定以外に戦後の差別等の人権問題に絡んでの『ごめんなさい料』の性格のある健康管理手当や医療特別手当だが、これを日本政府が支払い続けることに違和感を持つ国民は多いのではないか?
当時被ばく(胎内も含めて)した人たちは既に平均年齢が80歳を超えているというが、被爆者手帳保持者が未だに約18万人(ピークは昭和57年の約37万人)もいる。生活習慣病や他の環境要因による疾患であってもその治りの悪さが被ばくによるものと認定される場合もあるようだ。際限が無い話である。フクシマもそうなるのだろうか。

70年に際しての『談話』が注目を集めているが、民主党の野田元首相が自身のblogで真っ当なことを書いている。
『私は、戦後50年という大きな節目における「村山談話」は、それなりの重みと意味があったと思います。けれども、戦後60年の「小泉談話」は無用だったと思います。そして、今後戦後80年談話も90年談話も必要ないと思っています。10年ごとに談話の文章を国際社会が批評する姿を想像して下さい。馬鹿馬鹿しい限りです』
馬鹿馬鹿しいには大いに同意するし、村山談話の重みという部分については『国家・国民に対する重罪』という意味ならば納得できる。
村山談話や河野談話はこれをオーバーライドするものはいつかは絶対に必要だが、安保法案でガタガタしているときでなくとも良いのではないか? 12月8日の開戦記念日でもいい気がする。

日本の隣国は、終戦当時無かった国家(支那、南北朝鮮)が戦勝記念パレードを予定したり、当時の国家が無くなっても(ソ連)国威発揚にパレードをする時代錯誤のキチガイのような国ばかりである。ただし、ロシアは対ドイツ戦勝記念であって、日本に対しては最近はいろいろなシグナルを送っているが日本がG7の足並み重視や鈍感力で対応していない。
そんな国々が手ぐすね引いて待っているところに突っ込みどころを提供するような『談話』をわざわざ発表するならば、
・侵略は昔もこれからもしない
・長期に渡る勝てない戦争はしない
・万が一戦うなら絶対に負けない
・そのための防衛準備を行い、集団安全保障体制を確固たるものにする
というポイントは押さえてほしいものである。

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