公共事業と戦争、武器・兵器製造輸出

国道6号を能天気にドライブしながら漠然と考えたのは、戦後70年日本が再軍備に力を入れたり、小競り合いもせずにこれたのはもしかしたら自然災害の『おかげ』かもしれないということだ。

よく言われることは戦争の本質が経済的理由によるものということだが、確かに古今東西の戦争や武力衝突は宗教、民族、イデオロギーの対立を表面的な理由にしながらも実は権益確保、経済制裁が本質(代理戦争もあるが)ということがほとんどだ。
これに加えて、軍産複合体の要求(武器・兵器の消費・購入要求)があり、軍産複合体の産業としてのすそ野の広さからある種の公共事業であるという見方は一般的である。

内需を拡大するには公共事業が大なり小なり必要で、これを進めたのは日本の1930年代の満州を見ればよくわかる。満州で関東軍が武器・兵器の消費をし、その生産・供給を国内で賄うことで戦前の日本の経済発展に寄与した。明らかに戦争・紛争が公共事業だった証だし、戦後も朝鮮戦争やベトナム戦争での特需が日本の高度成長の一端を担ったことも事実だろう。
公共事業というのは底辺労働者層(特別な技術・知識・経験の無い層)をできるだけ多勢働かせ、そこに向かって金をばら撒く(実態は中間搾取が多いのだが)ことが重要で、これを実現するのは大昔から土木事業か戦争と決まっている。これは底辺労働者層にばら撒けば様々な消費を喚起し経済の循環を生み出し、新たな付加価値を生み出すと信じられているからである。

日本が対外的な戦争をほとんどしないでこられた一因は、公共事業を戦争に求める必要があまりなかったからであり、災害復旧・防止に関連した公共事業があったからではないか。それが実現できたのは、日本が世界に名だたる『自然災害のデパート』だったからかもしれない。

1920年代からの死者・行方不明者1,000人以上の災害だけでもこれだけある。
・1923年9月1日 関東大震災(約10万人)
・1927年3月7日 北丹後地震(2,925人)
・1934年9月21日 室戸台風(3,066人)
・1943年9月10日 鳥取地震(1,083人)
・1944年12月7日 昭和東南海地震(1,223人)
・1945年1月13日 三河地震(1,180人)
・1945年9月17日 枕崎台風(3,756人)
・1946年12月21日 昭和南海地震(1,330人)
・1947年9月8日 カスリーン台風(1,930人)
・1948年6月28日 福井地震(3,769人)
・1954年9月21日 洞爺丸台風(1,361人)
・1958年9月27日 狩野川台風(1,269人)
・1959年9月26日 伊勢湾台風(4,697人)
・1995年1月17日 阪神淡路大震災(6,433人)
これ以降、1,000人以上の死者・行方不明者を出したのは東日本大震災であるが、さすがに1950年代以降は大勢の人命が一度に失われる災害は少なくなったものの、道路、鉄道、港湾、農地等が壊滅的な打撃を受け、それらの復旧・復興に莫大な予算や労働力を費やしてきたことは間違いない。
それにしてもこうしてちょっと一覧を作っただけでも日本が『自然災害のデパート』であり『逃げ場のない島国』であることを再認識できるし、そこに世界に冠たる経済大国を築き上げたのはほとんど奇跡としか思えない。

地震や台風だけではなく、噴火、火災、豪雨、豪雪、低温、強風と日本の狭い可住面積の中に構築されたインフラの被害は累積金額でどれくらいになるのか想像がつかない。
これらに対する財政出動、公共事業がほとんど無かったのなら社会インフラ整備がもっと高度に進み全国を網羅し、首都圏と地方のインフラの差は生じなかっただろうし、あるいは土木・建築だけの公共事業では産業のバランスが取れないため、やはり軍産複合体の圧力が強くなり戦争・武力行使等に向かったかもしれない。
ひょっとしたら自然災害のほうが9条よりも遥かに平和(非戦闘の意味の)に貢献したのではないかと思うくらいだ。

秋田県などをみても、1日に数台しか車が通らないような山奥の道路でも豪雨で崩壊したりすると復旧予算が付き何となく現状を復帰させる。しかし、やはり1日に数台しか車が通らないことは変わりない。国道285号のように特定の土建屋がライフワークのようにちょこちょこ整備し、何年か経つと過去に工事を行ったところで再度整備工事が行われることを繰り返している。
こんなケインズ風な公共事業で自治体の予算規模や地元の雇用が確保されているのをみると、地方自治体などは、『人命が損なわれない程度の自然災害』を強く待望しているに違いないとさえ思える。

しかし、今後は少子化でしかも高学歴化もあり底辺労働者層がどんどん減少してくるため、土木・建築での公共事業は困難になってくる。既に東日本大震災の復旧工事では労働力不足によって工事進捗が上がらない現実がある。移民でカバーといった向きもあるが民族主義の強い日本ではなかなか受け入れは難しいだろう。
一方では人口が減るからといって内需や利益が減ってよいと考える大企業や資本家はいないだろうし国も税収確保のためには財政出動もするだろう。
そうなると国家として戦争・武力衝突に向かう力が自然と働くだろうが、今後の戦争は一度始めたら徹底的な壊滅まで進むのは明らかで、日本・日本人を抹殺することを目的とする集団が政権を取らない限り日本が自ら主体的に自滅戦争をすることはまずあり得ない。
そうなると武器・兵器生産と輸出が大きな意味を持ってくる。これを公共事業的な扱いにし、雇用を確保する方法も検討されるだろう。
モノ作りの小型化、緻密さ、精巧さ、高品質・安定性は日本の十八番だ。ひょっとすると日本の武器・兵器が世界を相当部分席巻する可能性も無きにしも非ずだ。
世界にはまだまだそういった武器・兵器を『消費』してくれる人々が多く、地域も沢山ある。『反戦・平和』を唱えながら武器・兵器を輸出する、これがほぼ全ての大国の現状で、ごくごく普通の国の姿だ。

最近、フランスでは第二次大戦時のアウシュビッツのガス室で使用されたチクロンBという殺虫剤の大半がフランスで製造されたものだったという証拠書類が出てきて話題になり、さらにシリア・アサド政権に化学兵器を売っているのもフランスの企業だとすっぱ抜かれて(一応輸出はEUで禁止されているため)閣僚が追い詰められる事態になっている。シャルリ・エブドの風刺画が原因のテロに反対して数万人のデモが起きる国でも国家が関与しなければ不可能な武器・兵器輸出が行われている。(そんなものだよ・・・、普通の国は)

日本もそんな『普通の国』に進むだろうと筆者は予想している。

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カテゴリー: 社会・経済, 震災・福島原発, 国際・政治, 国政・国会, 海外 タグ: , , , , , , , , , , , , パーマリンク