日本の近現代史を学習すべきは日本人自身

支那の株価が暴落を続け、共産党政府が介入しているのかちょっと上がってはまた下げるという『売り場の提供』状態になっている。マーケット参加者は戻り売りで待ち構えれば良いわけでボーナスステージのようなものだ。
介入規模がどれほどのものかは知らないが所詮マーケットという生き物に支那共産党が勝てるわけが無く、今後アメリカが利上げに踏み切ることや支那からキャピタルフライトが続いていることや産業の構造転換がほとんど進んでいないことから劇的に上昇をする局面を考える要素がほとんど無さそうだ。あるとすれば、他国との武力衝突による戦争という『公共事業』だけか。

この株価暴落について支那の金融界というメディアが国外メディアの論評として(ソース不明)『株価急落は支那が悪いわけではない、米国で迫る利上げが原因だ』と言っているらしいが、この『自分は悪くない悪いのは****だ』というフレーズに『なんだ朝鮮人と一緒だな』くらいの反応をする人は日本のここ30年くらいの経済の流れを理解していないか、その出来事について勉強していないに違いない。
このフレーズは日本のエコノミスト下村治(池田内閣で所得倍増計画の中心人物だった大蔵官僚)が書いた『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』(1987年)という論文を倣ったものだろう。(今は文庫本もある)
レーガン、サッチャーといった新自由主義が勢いを付け、アメリカの双子の赤字解消のために日本の積みあがった貿易黒字がターゲットにされ、海外の日本企業の活躍の源泉であった融資を担う日本の銀行(当時の世界の銀行のトップ10のうち6行くらいは日本の銀行)が弱体化され(BIS規制)、バブル崩壊、失われた20年と続く始まりの時期にこの下村治は国民経済と多国籍企業を論じ、結果論から言えば現在のグローバリズムや日米の経済状態を的確に予測していた。ただし、支那に関してはあまり触れていないところを見るとそこまでは読めなかったのかもしれない。何でも想定外はあるものだ。
論文の2年後に亡くなったが、もし下村氏がまだ生きていたならTPPに対してどのように評価するだろうか、ギリシャ問題とEUなど様々なことを聞いてみたいくらいだ。
国民国家において経済は国民のためにあるのであって国民が経済のためにあるのではないといった主旨は現代では強烈なアンチテーゼかもしれない。
グローバリズムというイデオロギー、グローバリゼーションという現象について的確な指摘をしている点で、レーガンやサッチャーを支えたハイエクフリードマンを読むよりもこの下村氏の各種論文は日本人には非常にわかりやすく納得がいくはずだ。

この論文のテーマを(中身は違うが)今の支那に当てはめて『支那は悪くない、悪いのは米国だ』と言うのを日本人が聞いたら理解してくれるかもしれないという『期待』が誰かにあったのかもしれないが、肝心の日本人がそれを聞いてもポカン?や脊髄反射的罵倒では少々情けないではないか。

同じようなことが、例えばロシア外交でも出てくる。
プーチンはよく北方領土について『第二次大戦の結果だ』(だからゴチャゴチャ言うな)と突っぱねる言い方をする。
これは、日露戦争後のポーツマス会議の際に樺太の南北分割をめぐって、小村寿太郎が『日露戦争の結果である』と突っぱねたことを模したものだろうと思う。
プーチンにしてみれば、日本人はそのフレーズを知っているだろうから効き目があるはずだという読みがあるのだが、肝心の日本人や日本メディアが引用すらしてくれない。言ったほうも肩透かしに感じているだろう。

ロシアや支那は日本の近現代史をよく知っていて、キープレイヤー達の台詞まで勉強している。その上で発してくるメッセージを受ける日本人や日本のメディアが表面的なフレーズとしてしか捉えないのだから話にならない。
戦後、日本人が学校で近現代史をほとんど学ぶ機会が無かったことは冷酒のようにジワーッと効いていると思うのは筆者だけだろうか。
高校の歴史など、2/3は近現代史、残った1/3の時間でアマテラスから江戸までやればいいのだ・・・。

ブログランキング・にほんブログ村へ 
(blog rankingに参加。ご協力を。Click it!)

広告
カテゴリー: 社会・経済, 国際・政治, 教育・学校, 海外 タグ: , , , , , , , , , , パーマリンク