難民=左巻き=大企業、多国籍企業

ニュースを見ていたらハンガリーのブダペストの駅に大勢の難民が居ついてしまったようだ。ハンガリーに留まっているということは、じきにスロバキア、チェコやオーストリアを経由してドイツに到達あるいはさらに北欧を目指すということだろう。荷物もほとんどなくヒッチハイクの途中に駅で転寝しているかのようだ。先週はオーストリアで保冷車から71人の難民の遺体が発見されたり、小さな保冷車から子供を含む26人が保護されるなど毎日の中・南欧州各国のニュースで難民が出てこないことはないくらいだ。

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何故彼らを国境線で厳しく取り締まらないのかについては、『人道』という敏感な問題を含むためEU全体の受け入れを統一的に行おうとしていることやその中でもドイツのメルケルのように『今年ドイツは80万人受け入れる』(80万に達した後のドイツに注目)と明言している歓迎論者がいることもあるが、密入国者を厳しく取り締まれば取り締まるほどそれを手助けして金を稼ぐ連中を儲けさせることになるからだ。
戦後日本で朝鮮からの棄民を追い返せなかったのは全く同じ理由があり、密入国者を手助けして稼いだ連中(主に民潭、総連、ヤクザ)の金が政界に流れていたからだという話もある。

このシリア、パキスタン、イラクあたりからの難民、彼らにしてみれば『国境なんて無ければいいのに』と思っていることだろう。
イスラム原理主義とまでいかなくとも、世俗主義の国を除けばイスラム世界は部族あるいは王族の領土あるいはその集合体が国家であるため、この難民達には国を逃れてきた(難民、亡命)という意識はほとんど無いのではないだろうか。少なくとも明治以降、立憲君主制の『国民国家』というものが当たり前の我々日本人にはこの辺りはとても理解不能だ。

最近の日本ではネトウヨ、ブサヨといったネット用語があり、保守・リベラル、タカ派・ハト派などが人によって捉え方が異なり、どうも理解の浅い軽い意味合いになって混同されているように思えるし、保守の中にも回帰すべき立ち位置を日本の歴史のどの辺に置いているかで違いもあったりで迂闊に右派・左派、右翼・左翼とレッテルを貼りながら議論ができないことが多い。話をすると相手がいわゆるネオコン(左翼から保守への転向組)なのだとわかったりするが本人が気づいていなかったり・・・。
それぞれ安全保障問題、原発問題、TPP、朝鮮・支那嫌悪問題などで右翼・左翼などが出てきて議論が混乱していると感じるケースが多い。
そこで、最も簡単に左と右を定義すると、
左派・・・国家よりも国民、個々の個人(市民)を優先する
右派・・・個人よりも国家、(日本の場合は国体)を優先する
と定義すると、日本の抱えるそれぞれの課題で自身や他者の立ち位置がわかるはずだ。無論、課題によって是々非々ならばイデオロギーとして左右混在状態の人も多くいるだろう。

左派・左巻きというのは全部が全部そうではないがトロツキーの世界革命論を根強く持っていて、既存の国家権力に抗い最終的には世界は共産主義革命によって単一となり、それを構成する市民が等しく世界市民(ただし一部の権力側も存在)となるという妄想があって『闘争』を継続するわけだが、共産主義革命の結果として世界に国境が無くなるのが究極だろうから、『国境なんて無ければいいのに』という心情を持っているはずでボーダーレスを望むハンガリーの駅に屯っている難民達と同じなのだ。

右派とされる安倍政権はイデオロギーとしては民族主義、国粋主義で民主主義による『国民国家』を尊重しているかと思いきや、現実の政策・施策、各種の日本経済の指標を客観的に眺めるとそうとも言えない。無理矢理分類したら『国家社会主義』(まあ、善悪を別にナチズム)なのだろうが・・・。
例えば、国際経常収支は黒字でも貿易は赤字か赤字スレスレの黒字。これは既に日本の経常収支の大部分が貿易ではなく大企業等の所得移転(収支)に依存していることを示している。もはや歯止めも効きそうになく出口の全く見えない円安誘導によってデフレ脱却を叫び進んではいるが、それはイコール国民の預金価値をどんどん低くしていることであり、物価上昇によるデフレ脱却のプロセスのパターンを説明しているだけだ。
政労使会議といった異様な合議体によって賃金も大手企業は一部上げたが、企業側ではその分を非正規の賃金据え置きや低減で補ってトータルであまり変わらないように調節しているし、一般的な最低賃金も上がったのは雀の涙のような数字だ。(筆者は雀の涙を見たことはない(^^))
大企業に合わせて公務員報酬を上げることによってかろうじて賃金上昇を演出しているが、その賃金も物価上昇を上回らないため実質賃金は2年以上マイナスだ。失業率が下げ止まってから賃金は上昇しはじめるという教科書通りにはいっていない。大本営発表は失業率ではなく(いくらでも調整できる)求人数、求人倍率ばかりだ。(実は失業率は下がっていない?)
預金価値は下がり、実質賃金が下がり、加えて消費税等の増税の連続だ。これでは国民は疲弊して当然だ。
しかし、一方では法人税減税、低廉な労働力(と課税対象者拡大)のために『女性』や『移民』をお為ごかしのキャッチフレーズで推進しようとしている。
誰のためか? 経世済民ではなく大企業のためであり、正確に言えば『多国籍企業』のためである。

多国籍企業の巨大さは日本にいるとあまりピンとこないが、現在では日本の名だたる企業もだいぶ多国籍企業として認知され海外で熾烈な競争の渦の中にいる。
その競争に勝ち抜くためには、法人税減税、低廉な労働力が必須なのである。
企業(株式会社)というのは停滞や後退はダメで絶対に右肩上がりしか許されないため、それを達成するためにはこの必須条件をより利益が出る方向で模索し、現実の活動としては『より法人税の安い場所』『より低廉な労働力を確保できる場所』を求めることになる。
そこでは消費者や顧客は『対価を払ってくれれば誰でも良い』のでありAnonymousで良いのだ。Anonymousな顧客が減ったら、スクラップアンドビルドで場所を変えたら良い。これを忠実に実行しているのが世界最大の小売りウォルマートだろう。
さらに、リーマンショックの時に明らかになったように、大企業、多国籍企業は『大きすぎて潰せない』規模になることが考え得る最大の安全策といった命題もある。
この20年間くらいに日本でもあらゆるセクタで合併、統合が進んだ。都市銀行、生保、損保、商社、鉄鋼、石油元売り、ゼネコン、百貨店、スーパー、薬品・・・。そのセクタで寡占が問題になるくらいに大きくなればToo Big To Fail(大きすぎて潰せない)なのである。
ちなみにFSB(金融安定化理事会)が発表している世界の『大きすぎて潰せない』銀行は29行あるらしく、日本ではみずほ、三菱、三井住友の3行だけである。
どの産業セクタでも『大きすぎて潰せない』企業に『万が一のこと』があると国家経済の危機、国家の存立危機につながるのだ。
『万が一のこと』が起きると、税収(大企業はほとんど税金など払ってはいないが)だけではなく、すそ野を含めて雇用が失われ、その労働者が放り出されれば消費・需要の低下のみならず、地域社会の崩壊、治安の悪化などが起きる。こういった負のトリクルダウンは(幻想である)正のそれと違って間違いなく起きる。
『大きすぎて潰せない』規模の大企業、多国籍企業は、政府に対してこれらを主張し上品な恫喝を行うのだ。
さらに、『万が一のこと』が起きないようにと円安誘導、法人税減税、低廉な労働力確保を要求する。
以上が現状の失われた20年とその後の新自由主義日本経済とアベノミクスの実態だろう。

多国籍企業の理想は人、モノ、金、サービスが国境を意識することなくシームレスに移動可能になることであり『国民国家』の主権である税までもどんどん廃止して欲しいだろう。
実はボーダーレスを最も貪欲に渇望しているのは大企業、多国籍企業なのである。
つまり『国境なんて無ければいいのに』とボーダーレスを望むハンガリーの駅に屯っている難民達と同じなのだ。

あれっ? 難民たちも左巻きも大企業、多国籍企業も皆目指す理想が同じじゃないか!
そうなのだ。

難民=左巻き=大企業、多国籍企業

故に、国会で大企業の内部留保を吐き出させろとギャーギャー叫ぶ日本共産党は完全な自己矛盾を抱えたアホ集団なのである。
しかし難民達は同じようなアホ集団ではない。今、欧州は3~7世紀の民族移動時代のように歴史に残る『民族大移動』をリアルタイムで見ている状態なのではないだろうか。

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難民=左巻き=大企業、多国籍企業 への4件のフィードバック

  1. phary より:

    <欧州は3~7世紀の民族移動時代のように歴史に残る『民族大移動』をリアルタイムで見ている状態>
    確かにそうです。ずいぶん前から私はこれは第二の民族大移動だと思っていました。何しろ、いつ終わるかわからない、あと何十万人の難民がやってくるかわからない状態なのです。今後ヨーロッパの社会状況などが大きく変わると思います。できればいい方に変わってくれるといいのですが、何しろ移動してくる数に対処が追い付いていない状態なので、しばらくはカオス状態になるのではと心配しています。一部ではすでに外国人排斥を叫ぶ人たちによる難民に対する暴力行為もエスカレートしています。

    • argusakita より:

      こんにちは。
      メルケルが難民歓迎論者のせいか、出身である旧東独エリアに難民が動いているようで、この難民がしょっちゅう襲撃に遭っているようですね。

      だんだん過激派が増えてくると外国人全般に排斥の空気が強くなってくるでしょうから、難民問題は私も社員さん達も無関心ではいられません。

      民族大移動、今度は南から北進と逆向きなのも興味深いですね。
      昨日フランスF2のニュースでやっていましたが、マリやニジェールから何千キロも徒歩でやってきてリビアやモロッコに滞留している難民が凄い数だそうで、スペインやイタリアはビビッているそうです。観光地に居つかれて観光収入にも影響が大きくなるといよいよ実力行使かもしれませんね。

      何だか大変になりそうなことは間違いないです。

  2. きりたんぽ より:

    日本の場合は左翼・右翼(冷戦が終わった後は不要かもしれませんが)という表現は意外と当てはまらないものだと感じますね。

    先日、青山繁晴氏も述べていた中で私も同感ですが、通常は左翼・右翼とは自身の身を守るためにも自国の安全保障と国を成り立たせる土台の上に、互いにいる前提での違う意見の者同士であるということで、日本の場合は土台が間逆で違いますよね。

    現実的には個人や国民を優先せず反日の道具として搾取し他国の利益にさせている状態で、特に在日朝鮮人のための道具にさせられている部分も多く、意図的に日本国籍を取得せずに日本国民よりも手厚い社会保障(生活保護や外国人福祉年金)を受けている状況です。

    この在日から見たら当然のごとく国家の存在はなく国境もあるのかないのか、愛国心もなく国体もなく個人を大事に優先にという自身たちの心地よい合言葉的なことを、日本人に植えつけさせることで在日の不都合も隠せる道具にもなっているのではないでしょうか。

    日本の場合の左翼呼ばれる連中は左翼ではなく反国・反日ですよね、他国の支那と朝鮮と手を組み日本を滅ぼしたい乗っ取りたいわけですが、理解できないのはこの反日の日本人自身たちは日本を滅ぼし自治区になった場合に支那共と共存できると思っているようですが、即座に粛清されることがわかっていないようです。(チベット・ウイグル・内モンゴルのように)近衛文麿の終焉のようになるのがオチだと思いますね。

    たとえばアメリカの左翼は自国の歴史をわざわざ悪く捏造し自ら反米教育はやっているでしょうか。

    都合の悪いものは国益になるように良く捏造して世界の大国だとはやっているようですが。これは支那や朝鮮も同じで自らの反国教育はしていませんしメディアでも自らの反国報じることはなく国益になる捏造を報道し、

    ただ南朝鮮は自国の歴史の事実を正しく報道する健全な団体や出版社はあり、国が強制的に出版停止にさせたりもしている中で、漢陽大学の高齢である教授は戦時中のことを自ら従軍慰安婦は存在しなかったと証言している方もいます。

    しかし左翼も右翼も反日活動をし日本から富を奪いしのいで国益にし生存していきたいという土台は一致しています。

    安保法制に反対している日本にいる人たちは、北朝鮮の拉致を無視して戦後70年で平和だったのは憲法9条のおかげだったと呪文のように唱えていますが、

    実際には日米安保・米軍基地が日本にあったから戦争は他国からしかけられなかったわけで、憲法9条のみであれば日本は丸腰と丸裸で今日の日本は存在できません。

    自衛権でも未然に防ぐことはできずに(国際法では別です)、相手がこちらを攻撃してくれない限り反撃という自衛はできないようになっているので必ず犠牲者が出るものですからね。

    日米安保も憲法も作った者たちは同じですから、日米安保と憲法9条はセットのようなものであることはわかっているはずですけども、反日団体は口が裂けても言えないわけです。

    国体を守ることで国民が存在でき生存できるものではないでしょうか。
    国体をがなくなる壊すことを支那共が一番願っています。

    アベノミクスの円安のスピードはたしかに最初の頃に加速が過ぎた部分があり、付いていけない経営のシフト変更はあると感じますね。雇用される側は求人のある地に移動すれば良いわけで有利な部分が多いですが、経営者側は即座にシフト変更ができないものだと思います。

    しかし、以前のデフレ状態時の雇用状況と比較しても明らかに改善に向かっているのは事実ですが、現在の経営難と失業せざるを得ない状況というのは本当にアベノミクスのみで起こったものだけなのでしょうか、単に経営者の経営の失敗や能力がないということも十分にあるはずだと思います。自らの経営の能力のなさを安倍首相にぶつけるという人もかなりいるのではないかと思います。

    特にデフレ産業は円高であるという前提での存続経営でしょうから、円安になり経営シフトを変えないと死滅するのは当然のことで逆に輸出産業はデフレ時に倒産が増える中、海外に移転する会社も増えていましたが当然のごとく経営の失敗も含まれることだと思います。

    アベノミクスが過度な円安であるならば、なぜリーマンショック以前は批判していなかったのでしょうか。

    長らく1$100円は超えている時代が長く続いていたはずですが、リーマンショック時の頃に即座に日銀が今のように緩和していれば良かったのですが、意図的に円高デフレの世界を敷いてしまい長らく慣れさせ過ぎたのではないでしょうか。

    • argusakita より:

      >国体を守ることで国民が存在でき生存できるものではないでしょうか。
      その通りだと思います。特に海外にいると、その重要性や恩恵は十分身に染みてわかります。

      国家や国境を意識せずに暮らしてこれた日本は凄いと思いますよ。
      藩政時代、自分の属する藩というものの背景、上位に徳川幕府や朝廷というものがあることを意識して過ごしていた領民というのはほとんどいなかったんだろうと思います。(特に沖縄なんて薩摩藩しか見えなかったでしょうから今頃になって中央政府に馬鹿みたいに抗っているのでしょう)
      それが今や情報通信のおかげもあって、地方も情報だけは中央とほぼ同じものをリアルタイムで得られる。さらに中央の決定が地方の生活者にリアルタイムに効いてくる。(だから地方自治体なんて窓口業務とインフラ整備と警察以外は存在意義がほとんど無いわけですが)

      >現在の経営難と失業せざるを得ない状況というのは本当にアベノミクスのみで起こったものだけなのでしょうか、単に経営者の経営の失敗や能力がないということも十分にあるはずだと思います。

      一応、言い訳すると大企業における会計基準の変更が大きな『黒船』だったと思いますよ。
      昔から労働問題はありましたが、さらに雇用問題が社会的な問題になっているのは労働環境も過剰流動性が高くなったからで、これもネットのせい(おかげ)でしょう。

      >アベノミクスが過度な円安であるならば、なぜリーマンショック以前は批判していなかったのでしょうか。

      私見ですが、高度成長がそのまま続いていたら限られた領土・資源の日本では必ず限界があったと思います。間違いなく公共事業ではなく『戦争』をしていたと思います。
      そうならないため(経済成長するため)には日本を振り出しに近く戻す再フロンティア化が必要で、円高にしてデフレにし、格差拡大、階層化、貧乏人が増えた状態を作り出すことが必要だったと思います。
      でも、例え少々成長してもそれは『発展』ではないですよね。

      再フロンティア化は団塊の世代が死に絶えるまでお預けのようです。たまたまこの時代に巡り合わせた若い人は非常に気の毒です。

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