GATT/WTOの機能不全が生んだメガFTA(TPP、TTIP、日本-EU EPA)

5年半の長い交渉の末、何度も肩透かしを食らったTPPの『大筋合意』がどうやら成立したようだ。アメリカは早々にTPP合意内容のサマリを出したため今回はさすがにホンモノだろうが、日本も含めて各国での2年以内の批准がすんなり行くとは限らないため、まだ不確実性はある。
しかし、実質的には日米の密室・並行協議で進むのだろうし発効後4年間の守秘義務があるため内容の公開は期待できない。

TPPと並行して進んでいるのが、アメリカ-欧州のTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)と何故かあまり報道されない日本-EU EPAである。日本に帰っても結果的にはウィーンでの入手可能な情報と大差なかった。
TTIPは、フランス、イタリアあたりの農業関連からの反対(日本より遥かに国庫支出が多く保護されている)が強いもののアメリカ大統領選の日程もあるため年内妥結は難しいのではという観測がされていたが今回のTPP大筋妥結の影響もあり、案外妥結が早まるかもしれない。
日本-EU EPAについては、先月中旬にも東京で12回目の会合が行われていたが今月は13回目の会合がベルギーで行われる。こちらは日本側の首席交渉官である長嶺安政外務審議官(非常に優秀な方)とマウロ・ペトリチオーネ欧州委員会貿易総局次長の実質的にはbilateralの交渉であるため、TPPのように参加国全部がガタガタ言う余地は少なく、既に4年半かかりスケジュール的にはやや遅れていたが当初の予定通り年内成立が見込まれそうだ。(これもTPPの進捗の影響か)
日本-欧州EPAでの互いの関心事項はTPPと大差なく、日本側は主に電子機器、自動車、欧州側は自動車、化学薬品、医薬品、食品、政府調達分野などだが、食品についてはGMO/GMCや安全基準も対象となるとされている。

以前GMO/GMCについて書いたが、欧州は日本よりも遥かに厳しい。またコメのカドミウム汚染のような重金属汚染基準なども日本より厳しい。
逆にTPPでは日本はアメリカよりも一般的に安全基準が厳しい。このバランスを取る、あるいは交渉の際に2つのメガFTA間の同期承認のような手法を取る可能性につながるのかもしれない。そこだけを考慮してもTPP妥結に進む以上は日本-欧州EPAをぜひ早急に進めるべきだ。

TPP反対派は日米の2極だけに注目し、アメリカ追従、国民無視といった論調が多いが、参加によるデメリットばかりに目が行きTPP不参加が招く日本の不利益を想像できないのだろう。さらにブロック経済が安全保障にマイナスといった論調さえあり、日本がTPPに乗り遅れると少なくとも貿易面で日本は孤立し弱体化するという賛成派の議論も工業製品中心の極論に見えるのだろう。反対論者の議論を見ると、その根底には『日本が今まで(戦前戦後)あたかも国際通商・貿易で公明正大な扱いを受け、平等で正当な権利を自由に行使してきた。TPP以後はそれが大転換して圧倒的に不平等な立場に日本が追い込まれる』という誤った認識があるようだ。そんな”ベルエポック”な時代は実はほとんど無く、常に不利な環境で日本は外貨を稼いできたのが実態であることを知らないか無視している。国際経常収支に占める貿易の割合は既に所得移転に大きく水をあけられていて数字的には矮小化されるが、加工貿易国であるという根っこを無視したら多くの企業は立ち行かないし、大多数の国民は豊かな『消費環境』は享受できない。
日本が参加してもしなくてもTPPとTTIPは先に進むわけで、TPP、TTIP、日本-EU EPAが何故同時に進んでいるかは、何故WTOが機能不全になっているかを考えれば答えは出るはずで、日米欧の3極がそれぞれの組み合わせで同時に進めていることに意味がある。
ほぼ価値観を共有可能な(価値観が同一という意味ではない)日米欧の3極で3つのメガFTAを構築し、その後は・・・。
そのための国際通商・投資のルールが大きく変わりつつあるのが現在で、そのルール変更で痛みを伴うのは日本だけではない。
第二次大戦後のGATT、それを引き継いだWTOは世界の通商ルールを決め、それなりの成果を上げたはずだが、多国間交渉のためルールを決めるにも全メンバーが参加し、全メンバーを縛る。このやり方では新興国や産業に偏りのある国に引き摺られて物事が決まらない。また、1930年代のブロック経済への反省から生まれたもので、ある品目の関税を引き下げ(上げ)るとその対象は自動的に全加盟国となる無差別原則も機能不全の要因だ。
GATTが機能不全になったのはベネルクス3国(3国間で関税ゼロだった)の加盟がきっかけであり、そのことによってGATT24条が作られた。
このGATT24条に基づいて近年流行りの2国間地域経済協定(EPAやFTA)のようなものが乱立する結果になったのだが、欧州の関税同盟や北米のNAFTAなどもこの流れである。
1953年の日本のGATT仮加入に対してイギリスが猛反対しGATT23条の改正提案(日本の輸出攻勢をイギリスは予想していたかあるいは大戦時の仕返し?)を出したものの、アメリカによって日本は1955年に加入が認められたが、この時点でも英、仏、伊、スペインは猛反対しGATT35条が発動され、日本と欧州はGATT不適用と言う屈辱的な不平等状態で国際通商に再デビューしたのだ。(残念ながらアメリカにはこの借りがあったことは確かだ)
その後、このGATT35条発動の撤回の交換条件としての日本からの輸出自主規制、1962年のIMF8条国に移行したものの輸入制限品目が残るなど、日本は散々不自由な“不平等条約”を課せられ続けてきた。さらに、”糸で縄を買った”と揶揄された時代もあった。
そんな状況でも欧米でSONY、キヤノン、Panasonic、NIKONなどを知らない人がいないほどになるまで先人たちは苦労してきた。(プロジェクトX モノだろうと感じる)
いろいろな風刺画で眼鏡をかけ、出っ歯でカメラを首から下げた日本人が描かれたり、猿のチョロ松がイヤホンを付け瞑想するWALKMANのCMもあったり(さすがにニューヨークでは差別的、自虐的とされ早々に取り下げだったはずだが)、日本の工業製品はそうやって世界に売り込まれていったわけで、単に高品質・低価格だから自然と世界の市場に流れていった、売れたわけではない。強いて言えば、今、同じような努力や戦略が農業分野でも試され要求されているだけで、それは日本だけではなくメガFTA参加の各国も同様だということだ。
1980年代のウルグアイ・ラウンド以降の農産物交渉(それ以前は貿易は工業製品がメイン)でもアメリカからの半ば強制的な牛肉、オレンジ、さくらんぼの輸入などを尽く退けてきた(これは日本人の食に対する拘りの力が大きいと筆者は思っている)し、逆にボジョレー・ヌーボーやチョコレートがお祭り騒ぎになるような輸入も行い、今ではワインなどはすっかり日本に定着したように受け入れられそうなものは受け入れて社会・文化の中に昇華させてきた。
WTOになっても結果的には輸出自主規制の多用農業保護(輸入割当)等で何とか凌いできた日本は貿易に関しては輸入に関しては相当にrobustであり、かつ輸出に関してはこれまた相当に粘り強い。海外から見たら国民の食文化や消費行動がそもそもの非関税障壁というのは日本くらいではないだろうかと思うくらいだ。
2001年からのドーハ・ラウンド(途上国がこの名称を嫌い、正式にはドーハ開発アジェンダ:Doha Development Agendaである)は15年目であるにもかかわらず一向に進展しない。
このことが、再びGATT24条を基に数か国での地域経済連携ではなく、より参加国の多い形での自由貿易体制の構築を目指す経済戦略であり、それらがTPP、TTIP、日本-EU EPAなのであり、TPPはその一つである。

TPP反対論者は、日本は貿易国であるという事実を認めるならば、WTO体制でのドーハ・ラウンドの膠着状態への解決法を何か提示してみるべきだろうし、日本が国際通商に再デビューしてからの歴史をよく見て、今後の日本が”不平等条約”に陥る方向に行くのかあるいはメインプレーヤーとして自由貿易体制に進むのかを考えたら良い。筆者に言わせれば、TPP反対論者は日本を途上国グループに追いやろうとしているに等しい。
最近は生乳や乳製品の国内酪農の保護を巡ってフランスの酪農家達がパリでトラクターの大行進を行ったり牛乳や牧草やたい肥(?)を街の中にブチ撒けたりといった大規模なデモも起きている。
日本よりも農業保護が手厚いとされるフランスでそれである。各国で痛みを伴わないルール変更などあり得ない。
課題は痛みの程度の緩和という内政問題で、国内産業、特に『やる気のある』農業・農家の保護は当然であるが、この部分の政策・施策は大々的なアナウンスをしながらやることはできない。何故なら他国から見ればそれは非関税障壁と映るからだ。あまり、一般国民が知らなくても良いが、上手な保護政策が緊急の課題だろう。(この点では安倍政権は期待と不安を同時に持たれていて、スピード感が無い)
節操のないばら撒き型支援ではなく、『やる気のある』農業・農家限定の支援という仕組みと規模が重要で、その障害だった農協の弱体化は進んだため今後の進展待ちだろう。
さらに、ずっと以前から何度か書いているように大きな非関税障壁となり得る消費者側の国内産品に対する啓蒙も非常に重要だし、過去、どのように不平等な通商・貿易環境を日本が乗り切ってきたかをマスコミは再度検証するような特集をして経済戦争に備えたらよいのではないか。
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GATT/WTOの機能不全が生んだメガFTA(TPP、TTIP、日本-EU EPA) への5件のフィードバック

  1. argusakita より:

    オバマが再三『中国に世界経済ルールを書かせない』と強く言っていることが報道されているが、あれは米穀物協会(USGC)の代弁と言うか国内向けのジェスチャーだな。
    理由は、支那が今年飼料用トウモロコシの輸入量を大幅に減らしていることと関係ありそうだ。
    ALICによれば、支那のアメリカからの飼料用トウモロコシの輸入は今年(8月までの実績で)は2011-2012年(512万トン)の1/10、2013-2014年(327万トン)と比較しても1/5以下と大きく落ち込んでいて、その代わり、支那はウクライナからの輸入を劇的に増やしている。

    支那は、GMトウモロコシ(MIR162)の輸入の承認をしたとされるが公表はせず、これを理由にアメリカ産GMトウモロコシの輸入を都度拒むらしい。
    しかし、一方ではGMトウモロコシの輸入をアルゼンチン等から行っていることが数年前から明らかになっていて、支那のそういった勝手気ままなルールがアメリカを怒らせている。

    トモロコシに限らず、支那はこのGMO/GMCを農産物輸入の際の隠しルールとして使い、最悪問答無用のシップ・バックも行っている。一律に輸入禁止しているわけではないのでWTOで訴えるわけにもいかないし、訴えてもGMO/GMCの安全性について科学的な根拠を求められるためデカいブーメランになる恐れがある。

    こんな手法を他の途上国が真似たら・・・。
    WTOではもはやダメな理由がここにもある。

    ちなみに、日本はアメリカから支那の3倍以上飼料用トウモロコシを輸入している。

  2. argusakita より:

    何か大きな勘違いをしている方からメールをもらった。
    TPPが大筋妥結したからといって今日明日でにも何かが大きく変わるわけではない。
    TPPは今後2年以内を目途に参加各国が持ち帰って議会の承認、批准が行われてその後に正式に発効となるはずで、これから2年間に何が起きるか・・・。

    アメリカは大統領選があるため、どの層の票を獲得したいかによってTPP反対・賛成を各候補者は訴えるだろう。実際、昨日クリントンが国務長官時代は賛成だったにも関わらず『TPP反対』を表明したし、共和党候補トランプも反対、現在2位のサンダースも反対。
    大統領選が終わるまで批准されない可能性は高い。
    日本も参院選は確実で、ひょっとすると衆院選だって2年以内にあるかもしれない。

    欧州の絡むTTIPも日-欧EPAも同様にメルケルは2017年中に任期が終わり次期は無いと本人が言っているため流動化の要素がある。

    ひょっとすると、メガFTAを全部ご破算にしてWTOを再構築しようとする可能性も無いわけではない。支那次第だが・・・。
    これから各国で政局の材料にされるのが3つのメガFTAだろう。

  3. blogファンその弐 より:

    TPP大筋妥結後、いきなりTVのニュースで「TPPによって関税の税率が…」と沢山やっていますが、世論誘導でしょうか?
    いつTPPが発効するかについて誰も言わないところを見ると、

    いつ発効するか、まだ誰もわからない

    が正解でしょうか?

    • argusakita より:

      >いつ発効するか、まだ誰もわからない

      そうだと思います。やらなきゃいけないこととして、並行協議(主に日米で)をしながら、適当に国内向けにアドバルーン揚げて世間や業界の反応を見ながら、必要な法整備をしていく必要があって、それらが大体整ってから国会承認。
      これは各国同様でしょうから、上で書いたように最短で2年後くらいに発効、おそらく実際は4年後くらいではないかという声が多いです。
      ニュースサイトを見るとアホォな南朝鮮は参加すべきなどと浮足立っていますが、支那は狡猾ですからニュージーランドやオーストラリアなどを揺さぶって参加国の批准を遅れさせるでしょうね。
       
      日本はアドバルーンを揚げて世間や業界の反応を見るのが日本的擦り合わせというか地ならしですから、いろんなものを少しずつメディアにリークしていくと思います。
      既に『携帯の料金』について安倍首相から総務省に指示が出ましたから、値下げして料金体系もAT&TやVerizonに合わせた格好にしていくと思います。
      TPP発効後、日本に進出しても大きなメリットが感じられないようにするということです。
      TPP対象各分野でそういう防御の方法を取ると思いますから、結果的に値下げにつながり、消費税上げのタイミングもあり、下手をすると再度デフレ圧力になりかねません。
      物価上昇を狙う日銀の思惑とどう調整するかが見ものです。

      いずれにせよ、発効まで最短の2年、いや、ここ1年半は不透明感が大きいでしょうね。

      • blogファンその弐 より:

        ニュースなどを見ても肝心の「いつから」を言わないわけがわかりました。
        発効まで数年、その後8年とか十何年かけてX%までなんてのんびりしたものですね。
        10年先なんて今の農家は後継者無しが多いのでしょうから困る農家がほとんどいないといったことさえ考えられますね。
        「TPPで農家は壊滅的打撃」なんて騒いでいたエコノミストや学者さん達はこれから何を騒ぐでしょう。

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