日本は商人国家として進む道が最善なのか?

安倍首相の中央アジア訪問については扱っているメディアはロシアのメディア(しかも軽く)くらいで、支那のメディアは未だにシー・ジンピンの訪英の成果を自画自賛している状態でそちらに注力。本来であれば『一帯一路』を掲げるシー・ジンピンのシルクロードの要所であるモンゴル・中央アジア5カ国と日本が結びつくことは支那にとっては歓迎すべきことではないはずだが、敢えて無視しているようにも見える。
日本のメディアを見ても、あまり随行記者なども多くないのかほとんど動向が見えない。
せいぜい各国の首脳との短時間の会談とお土産(ODA、投資、技術協力)ばら撒き程度のようだ。確かにこの6カ国は『反日』ではなく、そもそも内陸国(特にウズベキスタンなどは二重内陸国)のため日本との交流は民間レベルでもアフリカ並に疎遠な地域だった・・・。

projects-in-centralAsia・・・だったと書いたのは既に過去形だからで、ここ10年程で日本企業のカスピ海周辺での活動がやたら目につくのである。主に商社、エンジニアリング会社、ゼネコン、重工であり、例えばアゼルバイジャンの伊藤忠、トルクメニスタンの双日、川崎重工といった企業群である。図は外務省のHPにある中央アジアでの日本が関わる様々なプロジェクトの概要である。
10年程前に、仕事でウズベキスタンのタシケント、サマルカンド、カザフスタンのアルマトイ、アスタナと回ったことがあるが、日本企業などはほとんど目につかず、様々な武装勢力も跋扈していて、これらの都市以外に(治安上)外国人が不用意に行くべきではないと釘をさされたくらいだった。今でもキルギスなどは日本人が暢気に観光旅行するには危ないかもしれない。
それほど、旧ソ連とそれを継いだ独裁政権の支配が強く、それらに対する反対勢力も根強く欧米流の民主化などは未来永劫無いのではないかと思えたほどだった。
しかし、天然ガスやレアアースや他の鉱物資源の貿易で莫大な利益を上げ、トルクメニスタンなどは8年ほど前から光熱費の無料化、学校や大学の教育機関の無料化などが行われ、社会保障や福祉の充実が行われ、ロシアのチェリャビンスクやオムスクから移住する人間も出始めるほどだ。支持率も高く、果たして独裁政権が単純に悪と言えるかどうかの判断はそれこそ価値観の問題だと考えさせられる。
確実に断言できることは、やはり国民の生活が豊かになればどんな国でも『金持ち喧嘩せず』の原理が働くことで、各国での新富裕層がどんどん生まれている。

しかし、中央アジア諸国は資源依存の成金国家が国際的な資源価格の影響を受けてどうなるかは大国ロシアを見て学習したのだろう。資源が枯渇する前に猛烈なスピードで社会資本のストックを拡充すべきという判断をしているのだろうと考えられる。
経済成長は社会資本の蓄積、技術の発展、人材の高度化の3つ無しにはあり得ない。そのことに中央アジア諸国も気づいたのだろう。
そうかといって、ロシアの援助を受けるとそれなりの影響下に置かれることになり旧ソ連時代に逆行しかねなく、支那の援助を受けてもヒト・モノ・カネ全て余剰の支那が持ち込むため国内の社会資本が増えても、人や技術が育たない。欧州もできるだけ透明性を持ってアプローチしているが、基本的にはキリスト教というイスラムにとっては不倶戴天の潜在的な敵である。
そのため、地政学的なバランスを保ち独立性を高め国家の発展を継続するためには、できるだけ先進技術を持ち、イデオロギー的に透明(無害)で、宗教・文化的に摩擦が生じない国、それが日本や(あるいは価格面で)南朝鮮なのだろう。
まさに当たり障りのない『商人国家』が外から見た日本である。
余談だが、カザフスタンは歴史的にスターリンの強制移住による大量の朝鮮民族とのハイブリッドが多いためどことなく日本人に似ているが、正確には朝鮮人に似ているのだ。(シベリア抑留者の子孫も相当数いるらしいが)
そのためカザフスタンなどは朝鮮企業の進出も多い。

中央アジア5カ国は既に日本からの無償援助国ばかりというわけではなく、既にそれから脱している国もある。そこにODAや技術支援や人材教育などで日本が支援していくことは国際的には非常に『良いこと』のように見える。しかし・・・。

日本が手掛ける資源周りのインフラ整備プロジェクトや灌漑等農業開発プロジェクトで働く底辺労働者は国内だけではなく周辺国から来るが、そこにはイスラム世界でごく普通の人身売買が行われ、ILOなども再三警告を出している。
日本のODAや政府借款などではそういった社会環境・労働環境なども審査の対象になるはずだが、日本のマスコミもあまり注目しないのをいいことに、かなり緩めの基準で審査しているのではないかと思うことが多い。

日本の前記の大企業、多国籍企業は日本では内需が増えないと判断し、どんどん海外に進出しているが、内需が無いのではなく内需を生み出す障害(企業側から見て)が多すぎて旨みが少ないから海外に行くのである。事業前のアセスメントなどすっ飛ばして着手できるメリットが途上国にはあるからだ。
原発自体もそうだが、廃棄物施設、騒音発生施設、煩い住民NIMBYがいる日本では大企業が稼げないという事情があり、プロ市民に利益が食われる構造がある。
しかし、地政学的に重要だという政府の後押しを受けながら日本企業が中央アジア諸国に進出しても、資源を日本に持ってくるのは運搬過程の国々(ロシア、支那、パキスタン等)の許可が必要となり、それらの国々と好関係を持たない限り現実的には難しく、現実的な資源安全保障にはつながらないのではないか。
そうなると、資源の貿易ではなく進出企業からの所得移転で稼ぐことになる。

大企業が所得移転で海外(主に途上国)から稼ぐ、そのマネーは国内の設備投資には回らず、再び同じあるいは別の途上国のプロジェクトに振り向けられる。国内のインフラはどんどん老朽化し、地方では過疎化で今までの社会資本が徐々に無駄になろうとしている。
国富の流出ではない(支払先が国内企業のため)がODAその他で税金もその流れに乗って使われている。
国内に投資し社会資本を充実させ、古いインフラをブラッシュアップし、技術開発・イノベーションを行い、人材を高度化すること全てが日本では難しくなっているのは実は『民主主義』を標榜するNIMBYが原因だったりする。そういった状況が本当に国益をもたらすものかどうか、大いに疑問である。
日本というのは国家としてわざわざ自ら貧しくなる道を歩んでいるように見えて仕方がない。
アーノルド・J・トインビーが『奇跡』といった有色人種で唯一の近代国家・先進国家とも言える日本は徐々に相対的に沈んでいくしか道が無いのだろうか?

ブログランキング・にほんブログ村へ 
(blog rankingに参加。ご協力を。Click it!)

広告
カテゴリー: 国際・政治, 海外 タグ: , , , , , , , , , パーマリンク

日本は商人国家として進む道が最善なのか? への4件のフィードバック

  1. ブルーベリー より:

    すでに貿易赤字国になっていますが、労働者が激減しているので、年々酷くなるでしょう。

    貿易で稼いで、食料・燃料など買っていた訳ですが、
    米国のように海外投資で儲ける事が出来なければ、飢えるしかありません。

    しかし、若年層の人材レベル低下と内向き志向化が激しく、海外で戦える人は少ないです。
    海外旅行にも行こうとしません。 大事なチャレンジ精神が失われているのです。

    「移民を入れない」と言う選択は、経済成長を放棄するという事ですから、
    国内のインフラがボロボロになっても、しょうがないでしょう。
    活力がなくなり、日本全体が秋田県のようになるかと。

    あと2年くらいで財政破綻すると思いますが、地方は阿鼻叫喚になると思います。

    • argusakita より:

      記憶が正しければ2005年くらいから国際経常収支で日本は貿易収支を所得移転(収支)が上回っていて、もはやかつての加工貿易型の国ではないのは海外にいるとよくわかります。
      今いるモスクワでも2004、2005年あたりは、ボリショイ劇場の正面は建物と同じ大きさの巨大な工事用スクリーンで覆われていて大きなSONYのロゴがありましたし、クレムリンのモスクワ川側の長い(数百メートル)壁には北野武のVIERA(Panasonic)の広告が広がっていました。

      以前から書いているようにデノミ+預金封鎖のシナリオがやってくると私は思っています。

  2. ちょっと年寄り より:

    おはようございます。

    「商人国家」、私も最近同じようなことを考えていました。
    品質は良いものの変なネーミングの一次産品を県外に売り、とにかくマネーを手に入れる。一方では中国やその他の怪しげな食品をそのマネーで買ってくる。
    これを国家規模で行っているわけで、こんなことを続けていていいのかと。
    品質の良い安心して食べられるものを自分たちあるいは周囲で消費していくことこそ自分たちを豊かにすることであって、マネーのフローやストックを作るように仕向けられているのは、単にモノを作れない、マネーしか持っていない商人のシナリオだろうと思います。

    • argusakita より:

      最後は食べ物を作っていたり獲っていたりする一次産業が最後には強いので、民法で保証されている債権・債務の相殺が一次産業従事者で行われたりすると実質的に物々交換が可能で、貨幣経済が生まれた原点に戻ったりするわけですが、そんなことはあり得ないというのが現在の経済システムでしょうから・・・。

      しかし、いつかはマネーがいくらあっても食べ物が手に入らないという状況が生まれかねないというのは少し現実味があると思っています。
      何といっても支那やインド合わせて25億人くらいが十分に食べられるようになったら間違いなく食糧は不足するわけですし。

コメントは受け付けていません。