70歳(程度)以上の認知症は終末期医療に

日本のニュースを見ていたら宮崎や愛知で年寄りの暴走で死傷者が出たようで、最近はこういった年寄りの交通事故(事件)が『またか』と思うほど多くなった。
宮崎のほうは認知症+てんかんだそうで本人も気の毒ながら亡くなった人からみたら(過失だろうが)殺人者なわけで、そろそろこういった将来増加する問題には法制度なり社会のコンセンサスに一定の”区切り”がバッサリと必要だろうと感じる。


高速の逆走や歩道走行(これは秋田でも軽自動車のオバチャンの運転で時々見かける)などは認知症といった曖昧なものではなく既に知的障害の一種だろうと思われるし、それらに免許を交付している公安委員会にも責任がある。
筆者はもし家族が認知症診断された運転者によって事故に遭ったなら、免許を交付している公安委員会の責任を問うための裁判を起こそうと考えている。

運転免許については、老化には個人差があるものの60歳過ぎたら大体は反射神経や運動神経の老化は避けられないはずで、免許更新の頻度(毎年等)を上げるべきだ。費用的に負担だというならば割引や若いころから保険を積み立てるなどの新制度があってもいい。
とにかく、免許交付条件に反射神経や運動神経のテストなどを加え厳密にしないと結果的に事故の犠牲者が増えることは間違いないし、街なかで被害に遭う商店やその他が増え、とても個人では賠償できないことにもなりかねない(そもそも自動車保険が値上がっていく)。
よく、免許取り上げは公共交通機関の少ない地方では難しいという議論があるがとんでもない話である。不便さはその年寄りだけの問題だが、その不便さを理由に事故で何かを壊したり人を轢いたりする権利などは一切無い。
車がないと不便なところに住んでいて、歳をとって免許が無くて暮らせないのなら暮らせる場所(徒歩や自転車等)に移り住んで暮らすのが筋だろう。我欲が社会のルールに優先する道理はなく、ましてや他人や他人の財産を傷つける権利など無い。
少なくとも免許を交付する公安委員会は公安が主たる分掌であって、個人の生活の不便さの判断をする機関ではない。

かくいう筆者もアウトバーンを140kmくらいで走行していて、標識を見落とすことが多くなったような気がなんとなくするため、間違いなく動体視力や反射神経が鈍ってきたなと自覚している。自然な老化だと今は思っているが進行速度についてはどうなのだろうと時々気にはなる。
何かの診断でアカンと思ったら潔く免許は返納するぞと覚悟はしている。

話は少し変わるが、筆者は『認知症』という言葉が嫌いというか、日本語としておかしい、破綻していると常々思っている。認知症というのはやたらにあちこちで妻以外の女性を孕ませ子供を認知するのが認知症ではない。つまり、既に認知という社会学用語もずっと以前から定着しているのにである。
認知という用語は心理学・言語学・情報科学などいろいろな分野でも使われ、人間が外界にある対象を五感で知覚した上で、それが何であるかを判断・解釈する過程のことであり、認知障害ならまだわかるが別の既存の学術用語のため使えなかったらしい。認知は正常なことであり『症』をつけて認知症というネガティブなイメージにするのはおかしい。
失認症だとか認知欠損症とかならまだわかる。
あるいは、従来の文学的表現であるボケ(軽度は薄らボケ、まだらボケ)で十分ではないか。生物としての自然老化過程で当たり前に出てくるもので恥でも何でもない。それを嫌がる神経のほうがどこか傲慢で病的なものを感じる。

認知症は従来、非可逆的なものに対してだけ使われていたが最近は一部の疾病も含むようになり治療により改善するものも含まれてきた。これが、認知症に対する誤った認識(治せる)が増えている原因になっているように思える。
認知症の4割程度を占めると言われるアルツハイマーやその他の脳血管障害や一部の難病は医学的にも治療が課題だろうが、70歳(程度)を超えた認知症を治療して誰が喜ぶ(得なのか)のかは全く不明だ。単に医学的な興味のマスターベーションのようなものだ。年齢で差別するなという議論もあるが、子作りの公的な助成は生物学・医学的理由で一線を引かれている、それと同じだ。

認知症の程度が進み、記憶障害だけではなく肉体的にも支障が生じ、食べられない、排泄できない、歩けない、さらに視力、聴力が生活できない程度になった場合はもはや非可逆的であり、『尊厳』から離れて生きることは人間という社会的生物としては寿命を超えたものである。それを医学的に延命することに何の意味・意義があるのか。
2014年では日本の認知症患者数は約500万人、社会的費用は14.5兆円と、国民医療費全体の3分の1を占めているそうだが、このうち老化による非可逆的なものに費やされる金額は6割としても9兆円近いのが実態だろう。また2035年には社会的費用は22.9兆円に膨らむ見込みだそうで、その6割も13兆円を超える額になる。若い人が稼いだ金がそんなものに遣われてよいものか?

それぞれの時代の医学で非可逆的な重度認知症と判断されたのなら、それは寿命であって延命の必要は無いと筆者は考える。
この考え方がさほど間違っていないと思われる調査結果が国際長寿センター『日本の看取り、世界の看取り』から伺える。
例えば、食べ物が食べられない摂食嚥下機能が衰えたらもはやそれは非可逆的であって、胃瘻のような経管栄養(元には戻せない)は日本とフランス以外(例えば福祉大国デンマーク)ではほとんど無い。
日本のように生存時間だけを重視しQOLを重視しない先進国はほとんど無いことが、上記報告書(ダイジェストはこちら)からもよくわかる。
過剰医療の要因は3つあり、1つは医師側の説明不足(胃瘻などは死ぬまで元には戻せない)、1つは患者や家族の甘え(判断を医師に任せる)、1つは医師側の儲け主義と原理主義(医師の仕事は生かすこと)だろうと思う。
大抵の認知症は非可逆的だ。同じ10兆、20兆という金を使うなら、単に生存時間重視ではなく人間の尊厳を重視しQOLを高めて終末期を迎えるような終末期医療にすべきである。

最も高齢化が進む秋田県には終末期医療の専門医療機関が少ない。
『人生の最終段階における医療体制整備事業』への参加医療機関は昨年度で全国でわずかに10か所。
財政難の秋田県が整備すべきは認知症患者が暮らしやすい街といった雲をつかむようなことではなく、認知症を大量に受け入れるこういった終末期医療機関ではないのか?

ブログランキング・にほんブログ村へ 
(blog rankingに参加。ご協力を。Click it!)

広告
カテゴリー: 社会・経済, 国政・国会 タグ: , , , , , , , , , , パーマリンク

70歳(程度)以上の認知症は終末期医療に への3件のフィードバック

  1. あじさい より:

    すべて賛成です。生かしておくだけで利益になる機関と、生きているだけで年金を獲得できる家族の利害関係をどう切り離していくかが辛い課題です。時間はかかりますが、人間の尊厳についての教育が幼いころから必要な気がします。

  2. 県外人 より:

    久々のコメントをさせてもらいます。

    blog主さんも何歳でバッサリと言えないから「70歳(程度)以上」と書かれたと思いますが、線引きは必要な気がします。

    認知症患者は終末期扱いとしてそれなりのケア(ぞんざいにという意味ではなく)というのは賛成です。無論、若年性アルツハイマーや外傷によるものなどは別ですが。

    私の母の最期はボケてほとんど寝たきり、次には常に酸素マスクをつけ、痰も取らないと…といった状態で1年近く過ごしましたが、あの時間は誰のためだったのかと今でも思います。
    母も肉体的、精神的に辛かったと思います。
    我々家族がきちんと判断して積極的に見送ることが必要だったと後悔しています。

    >1つは患者や家族の甘え(判断を医師に任せる)

    まさにこれだったような気がします。
    医者に聞いたら「じゃあ、安楽死させましょう」とは絶対にならないのですから。
    人の死はある段階になったら肉親・家族が皆で決めてあげて良いと思いますし、タブーにせずそれをまじめに話し合える知識や考え方の勉強が必要と思います。
    宗教や信仰心を持たないというのは人生の最後に立ち会うとジワッと効いてきますね。

    • argusakita より:

      >人の死はある段階になったら肉親・家族が皆で決めてあげて良い

      全く同感です。
      記事に書いた『日本の看取り、世界の看取り』は是非一読をお薦めします。
      調査結果から、日本人が望む『最期』は本人や家族のそれと現実の乖離が非常に大きく他国に比べて異常とも言える実態なのがわかります。

      >宗教や信仰心を持たないというのは人生の最後に立ち会うとジワッと効いてきますね。

      そうかもしれませんね。
      『最期』や『看取り』の問題の議論がタブー視されたり、自殺が何故いけないかといった議論で多数が支持する決定的な答えが無いのも日本独特のそういった環境が影響していると思います。

コメントを残す(短めにどうぞ)

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中