東芝問題は日本の製造業の終焉を象徴

東芝の株価が毎日前日比10%程度下げになっている。上場廃止も日経225構成銘柄除外の気配すらなく、いい加減なことが相変わらず継続中で、東証もたいがいな印象だ。
東芝の粉飾決算問題は、家電部門中心の7,800人の解雇が発表されたが、こんな尻尾切りで終わるわけがない。というよりも民事・刑事でたっぷり課題があるはずで、東芝はこのままズルズルと凋落していくと思う。東証や証券取引等監視委員会他の検証は日本の株式市場の公平性、透明性を問われているわけで、それが行われないまま進めば日本株全体が大変なことになると予想。
東芝問題の先には日本経済にとって大きな崖が待っていそうな予感がするため、大した額ではないものの筆者は日本企業の株は全部手放した。

アメリカの社会学者・歴史学者、イマニュエル・ウォーラステインが提唱した『世界システム論』という非常に興味深い未完の理論がある。未完というのは、4部作の最後の1巻がまだ出ていないことによるが、3巻までに書かれていることだけでも現代の世界を説明する際に非常に頷けることが多いため興味深いのである。
その中に世界帝国ヘゲモニー(覇権)という定義がある。
世界帝国という概念はちょうど現在のアメリカやロシアや支那に相当するだろうと思われるが、ウォーラステインによればこれらは官僚制度や防衛・鎮圧のための軍事費によりやがて崩壊する運命にあるという。確かに現在のこの3国について見てもアメリカやロシアは官僚支配とは言えないものの、軍事費の足かせは相当に大きいはずで、支那は官僚制度と軍事費(国内の引き締めも含めて)のダブルの足かせでアップアップの状態なことは想像に容易い。
一方のヘゲモニーについてはこの場合軍事的なものは含まないが、経済の単線的発展段階でヘゲモニーの変遷が説明されている。
ヘゲモニーは歴史的にオランダ(これは議論が分かれる)、イギリスアメリカと移動し、アメリカの次は日本と多くの識者から言われたが残念ながら日本はヘゲモニーを獲得する直前でバブルによって沈んだ。以来20年以上・・・。

単線的発展段階とは、簡単に言えばヘゲモニーは製造→流通→金融(それぞれ広義で)の順序で段階を進むということ(衰退もこの順序)で、事実イギリスは産業革命で製造業を発展させ、貿易で稼いだが、第二次大戦以降のドル基軸体制によってその製造業、貿易をアメリカに奪われた。その後、長期の英国病を払拭すべくサッチャーによってシティを活性化させ世界の金融の中心地となった。
アメリカはイギリスから奪った製造を徐々に日本に奪われたのは皆知っていることである。そのため、流通をやや飛び越して金融段階に進みウォール街が世界の金融の中心になった。
ここで注目すべきは各段階で次に進む場合にヘゲモニー維持のためには前段階全部を捨てるのではなく絶対に必要なものは残すことである。英米で言えば軍事関係とエネルギー・食糧安全保障に関するものである。
これらと比較して日本はどうか。
戦後、朝鮮・ベトナム戦争の特需に乗り製造業中心にモノ作りニッポン技術立国を標榜し、確かにその通り製造業を巨大化してきた(効率化もしたはずなのだが・・・)。同時に内需を高めるために教育によって、三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)だのマイカー、一戸建を持つことが真っ当な日本人のあるべき姿でありそれが”幸せ”であるとする刷り込みを行ってきた。
しかし、人口減少によってその内需は減少し、身近の物質的な充実度がピークを越えたため家電等は売れなくなった。どんなに付加価値、機能を付加しても単機能の家電は家電である。
バブルの頃あたりから日本は流通、金融の段階に足を突っ込んでいるものの(事実現在は国際経常収支では所得移転による収支が大半を占め貿易収支はわずかな割合だ)、日本的道徳観によって『金融』は蔑視され疎まれる土壌があるせいか、公には日本は金融大国、金融立国を目指すとは声高に言えない空気が未だにある。
さらにモノ作り、技術に対する信仰めいたものが根強く、『良いものは必ず売れるはず』『日本品質は世界に負けない』を追及しすぎ、日本がアメリカの家電を駆逐したのと同じシナリオで南朝鮮や支那から日本の家電等が駆逐されようとしている。
南朝鮮や支那が粗悪品を作っているうちは余裕だったが、今やデザイン、機能、耐久性でもそうそう日本製にヒケを取らない南朝鮮製や支那製では人件費の高い日本製は到底勝ち目がない。このことは日本がアメリカの製造を駆逐した時点で十分わかっていたことのはずだ。

こういった構図が、SANYO、SHARP、Panasonic、SONYを襲い、その際に比較的好調に見えた(見せかけていた?)東芝が実はエラく背伸びをしていたことが明らかになった。これが粉飾決算問題の背景だろう。7,800人解雇の理由作りのために粉飾決算をリークしたのであれば非常に優秀・狡猾な経営陣と言えないこともないが、従業員からしたら経営陣は東京拘置所に行けという気分だろう。
21世紀になって海外では既に日本の家電は競争力が無いことは皆知っていたし、実際あちこち飛び歩く筆者なども、欧州では東欧諸国で見る三菱とダイキンのエアコン(主に業務用)くらいしか日本製品が思い浮かばない。
故に総合電機メーカーが10年、15年非常に無理をしながら家電部門は経営を続けていたことはよくわかっていたものの、何故売れないものに固執し、継続しているのかの理由がわからなかった。間違いなく部門の縮小と従業員の配置替えやリストラは既定路線だったはずで、一旦決めて始めたら止められない官僚の仕事のようだ。

イギリスやアメリカと日本の製造業の大きな違いの一つは軍需の有無である。
日本では例えばカーボンファイバーの高性能なものを作っても需要が無いため、ゴルフシャフトや釣り竿であるが、軍需があるところは航空機の部品などになる。
ケブラーのような丈夫なアラミド繊維も防弾用にではなく登山の道具や軍手に適用される。
これでは価格も需要も推して知るべしであるし、その結果、売り上げも従業員もそれに比例する。

日本のモノ作りニッポン、技術立国信仰は既に多くの分野で役割をある程度終えていると筆者は感じるが、それは家電やデジタル製品では特に顕著だ。時代は十分に変わったのである。
ある程度と思うのは、まだまだ日本製でなければダメという世界も家電以外では明らかにあるからで、それは主に素材産業にその傾向があるが、それ以外にも例えば現在のニューヨークや欧州の大都市では日本製の『包丁』『ナイフ』『鍋』のようなものが大人気で供給が追い付かないくらいで、しかも高額な価格である。また工業製品では、日本製のネジ類光学製品の品質は相変わらず断トツと聞いている。
航空宇宙と防衛産業でどれくらいのマーケットを作れるかがカギではあるが、現状はどちらも民間主体とは言えない部分もあり公金投入が欠かせない。これでは内需創生とはなかなかいかない。
日本の職人気質とそれを礼賛する空気はドイツのマイスターの感覚に似たものがあるが、ドイツの場合はそれが若年労働者の参入を拒んでいる。日本では少なくとも拒む空気はないはずで、これからのモノ作り、技術立国がどんな分野で、若年層が入り込める労働市場がどの辺にあるかはだいぶ見えてきたのではないか。

東芝問題は、大企業のコーポレートガバナンスコンプライアンスが如何に絵に描いた餅というか机上の作文だったかがわかると同時に、もっと本質的な日本の製造業の多くの部分の終焉と残るものは何かを見せつけているように筆者には思える。

ブログランキング・にほんブログ村へ 
(blog rankingに参加。ご協力を。Click it!)

広告
カテゴリー: 社会・経済 タグ: , , , , , , , , , , , , , , パーマリンク

東芝問題は日本の製造業の終焉を象徴 への13件のフィードバック

  1. ブルーベリー より:

    結局、金融や投資で喰っていくしか活路がないですね。

    アジアの金融センターの地位は、英語が通じるシンガポールが確立していますし、
    日本は貴穀賤金(きこくせんきん)の思想が強く、
    投資教育すらしないアホな国なので、金融・投資立国は厳しいです。
    経済学部が文系という国で・・・英語ダメ、経済学ダメ、数学ダメ、金融工学ダメ

    多少はやるのでしょうが、急速な少子高齢化を支える柱にはならないでしょう。

    • argusakita より:

      落書き記事で金融と書いたのはもっと広義なものですが、日本経済でもっと太い柱になる必要性、必然性があることは間違いないと思います。

      >英語ダメ、経済学ダメ、数学ダメ、金融工学ダメ
       
      そこなんですよね。
      少なくとも中学・高校の数学あたりから、確率・統計の基礎をみっちりやるべきです。
      三角関数よりは絶対実生活に役に立ちます。TOTOや宝くじは売れなくなるかもしれませんが。
      教育学部なんて大学に不要です。専門学校で十分です。

      それと個人の金の使い道を制限する日本を何とかしないと流動性は得られない。
      寄付には制約・課税が大きいですし、とにかくこの似非社会主義国では、金は国(役人)が集めて裁量で配分するという図式を絶対に手放さない。
      だからいつまでも『お上』を頼り、特に地方では個人も法人もいかにして公金を掠め取るかに関心が行きがちなんだろうと思います。

      ちなみに、東京都では現在、世界的な金融センターに名乗りをあげようとしている場所が4カ所もあって、舛添も何を考えているのやら・・・。

  2. ブルーベリー より:

    「曲げわっぱ」 の弁当箱が国内外で人気になっていますが、最近は海外製が非常に多い。
    どこでも作れますから、海外でコピーされるだろうな、と思っていましたが・・・

    ブランド差別化のために統一した焼き印でも入れるべきだったと思います。 商標登録とかも。
    客は 「曲げわっぱ」 が欲しいのであって、「大館の曲げわっぱ」 が欲しい訳ではないのです。  
    もう手遅れですね・・・・また一つ秋田のブランド資源が減りました。

    いい加減、「良い物を作れば売れる」 という安直な思い込みを止めるべきでしょう。
    ブランドを構築しないかぎり、製造業は負けます。

    • argusakita より:

      おはようございます。
      秋田の人が結構誤解しているのは『曲げわっぱ』が秋田オリジナルであるかのように思っていることです。
      曲げわっぱに相当するものは、私の知っている限りでも会津、駿河、木曽、紀州、京都、博多にもあって(新潟と富山にもあったとうろ覚え)杉・桧などを曲げて作った弁当箱様のものがあります。博多(と大館)以外は全部漆塗りになっていてかなりしっかりしたものです。
      聞いた話ですが、ほぼ全て江戸末期から明治初期が始まりみたいな創業を謳っていて、きっと何かがきっかけで全国に広まったものと思います。(武士の内職や幕末の動乱期の兵隊の携帯食用でしょうか?)

      博多は大館と同じで杉材で漆塗り無し、曲げわっぱという名称も使っています(会津や駿河も)から、(おそらく)最後発の『大館曲げわっぱ』は2013年に特許庁の地域団体商標に登録されています。『曲げわっぱ』では全国にあるのでおそらくダメで『大館曲げわっぱ』だったから登録できたのだろうと思います。(全国からクレームが結構あったそうです)
      その特許庁の地域団体商標はステッカーもあるはずです。

      私も大館の曲げわっぱが大好きで一度外国人に贈ったのですが、杉の香りが強すぎて食べ物を入れるのはちょっとと敬遠され小物入れにされちゃいました。(^^)

      • 曲げわっぱは遺跡から平安時代のものが出ていて、もしかしたらまだ大館郷土博物館で展示しているかもしれない。

        大館で作られている曲げわっぱ製品の大部分はウレタンニスが塗られています。そうでないと長持ちしません。ですから本来の曲げわっぱ(木の香りが香るもの)は消耗品ですから、値段が高過ぎるのが難点で、やっぱり市場からは消えていく商品なのかもしれないと思います。消耗品は消耗品なりの値段でないと。

        • argusakita より:

          >曲げわっぱは遺跡から平安時代のものが出ていて

          知りませんでした。そんな時代に薄い均一な板材を作り、曲げる技術があったとは。
          もしかしたら曲げわっぱは大館オリジナルで京都に伝播したのかもしれませんね。
          勉強になりました。

          特許庁の地域団体商標は、ここに画像がありました。

        • 大館市の曲げわっぱはやっぱり江戸時代に起こったと考えてもいいと思います。大館の佐竹家当主が下級武士に作らせたことから広まったんではなかったかな。殿様が作らせたわけですから、他の地区から技術が入った可能性も無いわけではないと思います。

          杉の柾目は綺麗に薄く割ることができますから、板葺きの屋根も昔はありました。つまり薄い板は結構昔からある。あとは茹でる釜があれば、曲げ物はできるかもしれないと思います。ですから自然発生的にいろいろなところで曲げ物文化はあったんだと思います。ただ組織的に作られるようになったのが大館地区では江戸時代だということなんでしょう。

          縄文の曲げ物は漆のおかげで現在に残ったんでしょう。大館市の平安期の曲げ物は水(泥?)の中にあったため酸素に触れず分解されなかったらしいです。大館市のものは漆は塗られていません。そういう点で展示の価値があるんでしょうね。

  3. ブルーベリー より:

    青森県八戸市の是川中居遺跡から縄文時代晩期の 「漆塗りふた付き曲げ物」 が出ているので縄文時代からあったのでしょうね。 
    http://www.infokkkna.com/ironroad/dock/iron/08iron13kai.pdf

    縄文時代は東北が文化の中心地で、縄文時代後半は東北以外では人口が激減してたようです。
    今とは全く逆の事が起こっていたのは興味深いです。

    • argusakita より:

      おお、平安でもなく縄文ですか。
      イギリスのどこの大学だったかな、日本の縄文時代研究に非常に入れ込んでいて、狩猟採集民が農耕無しに栗の木の植樹によって大規模集落を形成していたという世界で他に例のない特異な文明だと指摘していて従来の西欧的古代史をひっくり返したと聞いています。

      大したものです。縄文時代は。

  4. blogファンその1 より:

    (魁から)
    大館曲げわっぱ模倣?ネット通販に中国製 組合困惑

    秋田県の特産品である大館曲げわっぱを模したとみられる安価な弁当箱が、インターネットの通信販売サイトで大量に販売されている。商品紹介ページではほとんどに産地の説明はないが、販売業者によると中国製だという。大館曲げわっぱ協同組合(7社、佐々木悌治理事長)は「大館の商品と混同されてしまう恐れがある」と困惑している。

    ある大手のネット通販サイトでは「曲げわっぱ」と銘打った2千件を超える弁当箱の商品が列挙されている。大館産の小判型弁当箱は7千、8千円程度から販売されているのに対し、産地表記のない商品で目立つのは2千円台だ。

    出品している関西のある販売業者は取材に対し、「中国製です」と説明。大館産との違いについては「大館曲げわっぱの方が長持ちするし仕上がりもいい。ただ、どちらも杉で作られており、ご飯がふっくらする特長は同じ」と話す。
    組合は4、5年ほど前から中国製が出回っていることを把握。安価な模倣品は、人気の高まりに便乗して流通し始めたとみている。「大館曲げわっぱ」は2013年に特許庁の地域団体商標に登録されており、登録申請した組合の加盟社以外は「大館曲げわっぱ」の表記はできないのが原則。特許庁が設置する知財総合支援窓口は「曲げ木の容器自体、国内他地域に複数ある。『曲げわっぱ』と名乗ることまで禁止はできないのではないか」との見方だ。(2016/01/28)

    モノ作りはいつかは真似されるし、それを得意にしている後進国(かつては日本もそういう立ち場だったものもある)が隣に複数あることを再認識。

    • ブルーベリー より:

      やっぱり問題化しましたか・・・
      もう遅いですけど、蓋に統一ロゴなどを入れて「ブランド化+差別化」するべきだった。
      そうしなければ 「これが本物です!」 とは主張できない。

      今後は価格と流通量の差で、中国産が主流になるでしょう。
      いずれ 「昔は秋田でも作ってたんですね?」 と言われるようになります。
      伝統を頑なに守った為に、伝統を失ってしまった。.

      • argusakita より:

        残念な話ですね。
        でも、真似される可能性のあるものはいつかはそうなるということでしょう。日本も工業製品ではそういうパスを通って来ましたし。
        ただ、あの14億の市場が何でもかんでもホンモノを求めだしたらどうなるでしょうか。
        日本食を考えると私はゾッとします。

        模造品やは支那では必要悪という論理もあるようです。
        大館の若い市長さんに期待かな・・・。

        • ブルーベリー より:

          自分なら、楽天などに生産国の表示を求めますけどね。
          (食品を入れる容器ですから、安全性の観点からも必要なハズです)

          大館曲げわっぱ協同組合は、なにもしないんですね・・・
          最大の問題は、人材レベルが低く戦略が無いこと事では無いでしょうか?

コメントを残す(短めにどうぞ)

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中