日本の存在感とは

スイスのダボスで開催されているいわゆるダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)のニュースをあれこれ見ているが日本人の参加が少なく少々寂しい印象だ。
スピーカーで登場しているのは、日立製作所の前CEOや三菱商事のトップ、福島の再生に関する2人の日本人などで、今まさに世界的な問題になっている移民・難民問題や安全保障、中東問題、支那経済、といったディベートなどには日本人は全く登場しない。


23日最終日に甘利大臣が、
Japan’s Future Economy(1/23 19:45)
でサントリーHDの新浪剛史氏とブルームバーグの女性記者Francine LacquaとPIIEのAdam Posen所長のディベートに出る予定になっているが、突如出た収賄疑惑が出ているため出席できないのかもしれない。
このダボス会議は世界中のリーダーの集まる場所であり、政治家よりも実務家の集まりという印象が強く、トピックによっては大きく報道もされ、下手な政治家の与太話よりはずっと中身がある。
国会開催中とはいえ、閣僚や政務次官の何人かは見栄でも送り込むべきだろうに・・・。
(実際、現在ガタガタの支那などはそういった印象が強い)
世界の貿易通商体制や農業あるいはAIやロボティクスといった日本が今後産業の柱の一つにすべきトピックや集団安全保障に関してさっぱり顔を出さないのは、そういった分野にコミットする意欲が無い、意識が低いとみなされても仕方が無い。
また、欧米各国からは世界的なシンクタンクのリーダー達がスピーカやコーディネータで登場するが、日本のシンクタンクなどほとんど存在感が無い。
日本では安全保障でもインテリジェンスが問題になるが、経済・産業分野でもシンクタンクの存在が希薄で、名ばかりシンクタンクが国内だけで政府の広報活動の片棒を担ぐ状況は忌々しき状況と言える。(もっと口先の上手い奴を育成しないといけない(^^))

今回のダボス会議では福島県知事が来てJapan Nightで揃いの法被を着て福島の日本酒などをアピールしたようだが、見本市じゃないのだからもっとスピーカ等セッションでの日本の存在感を見せて欲しいものだ。
かつて日本が得意だったはずのデジタル産業に関してはダボス会議以外の世界的な産業見本市などでも最近はほとんど存在感が無く、海外にいる者としては『日本は一体どうしちゃったのか? やはり落日の様相を呈しているのか』と残念に思うのは筆者だけではないはずだ。

日本の存在感が世界的に無いのはいくつかの要因があるが、一つは国名だ。
現在の正式な国名は日本国、Japanだが、台湾・朝鮮を失ってから『大』が取れて日本国になったものの世界的な常識で見れば天皇(≒皇帝)が存在するのだから世界で唯一の帝国である日本帝国で良いのだ。(英文名はEmpire of Japanと大日本帝国時代と同じで構わないはず)
スペインだってイギリスだってスウェーデンだって立憲君主制国家でありそれぞれ王が存在するため正式名称は**王国であるしモナコはグリマルディ家が世襲する大公が存在するためモナコ公国。
通称は日本、Japanでもいいのだが、国民は日本帝国、Empire of Japanであるという意識(世界の常識)が必要だ。全く時代錯誤な話ではない。
この意味で南朝鮮メディアが『日帝』と書くのは実は正しいのだ。(^^)

存在感の無さの一つは安全保障である。
残念ながら日本は自分で自分の国を守れるかどうか(おそらく無理)不明な国である。
やはりこれを何とかしない限り日本はアメリカの属国であり、真の独立国家とは言えない。
現実的に見て、世界の共通語(最低限の)は英語であり『力』(軍事力)である。この二つ以外に共通語は無いと言ってよい。英語が通じないアフリカの奥地でも『力』は共通語である。
外交力と『力』は一体のものでバランスが大事だが、日本の『力』は不十分のまま戦後70年やってきたものの、もはやアメリカの核の傘の下にいるだけでは安全保障に現実的に問題が出てきた。
また、筆者は東京生まれだが、子供の頃から何故首都圏に沢山の米軍基地があるのか不思議に思っていた。未だにそれが変わっていない。
日本の首都の周囲に横田、座間、厚木、横須賀。これでは常に喉元に匕首を突き付けられているようなものだ。お台場のオフィスから見る東京の都市としての繁栄などもそれを考えると全くの虚妄のように思えることがある。
同様な敗戦国のイタリアもドイツも首都の傍にこんなに米軍基地を置かせてはいない。(ドイツの米軍基地はほとんど南部に集中し、イタリアはナポリ等に集中している)
沖縄の馬鹿な連中は『沖縄だけが・・・』というが、実は戦後一貫してアメリカに人質になっているのは皇室と首都圏の人間と日本国の中枢なのだ。(ドイツやイタリアと比較してそういうことを日本では常識として認識されているだろうか?)

首都防衛のために米軍は存在するという考え方もあるだろうが、筆者に言わせればそれこそ後付けの解釈であり『脳内お花畑』である。
アメリカの国益にとって大事なのは、日本人の生命と財産ではなく日本列島という地政学的・戦略的に重要な『場所』だけである。
あとは未来永劫二度と日本がアメリカに歯向かうことが無いように喉元に匕首を突き付けているのである。

世界一の軍事力を持つアメリカとの集団安全保障体制は必要であり地球上で最も効果的であるが、それと首都圏にいくつも基地を置かせることは全く別の話である。
筆者は特段反米ではないがアメリカを礼賛する気持ちは微塵も無い。相互に戦略的なパートナーになるためには、米軍基地縮小と独自の核武装が必須だろうと考えている。人口減少で今更領土的野心など日本が持つ理由は皆無であるため核兵器以外の攻撃力はさほど持たなくとも防衛力の拡充で十分なはずである。
そこまで出来てようやく真の独立国家で『普通の国』なのではないか?
唯一の被爆国であるからこそ、核兵器の重みを知っているわけで、その使用は簡単ではないだろうし、使用するときは国が亡ぶことを覚悟することになる。しかし、国を守るということはそういうことではないのか?
安倍政権になってようやく1歩前進したようにも思えるが、どの辺を一区切りとしているのかよく見えない。

日本の存在感が希薄な理由のさらに一つは、『仲間』がいないことである。ここでいう仲間とはべったり親しい仲間ではなく、フランス国旗の友愛的な意味、すなわち相互に戦略的に『仲間』と決めた仲間のことである。(例え、前日まで敵であっても)
欧州では移民・難民問題でドイツが揺れてもその問題を欧州全体の問題にすることが可能で、各国の利害が対立する細かい話はあるものの、EUという仲間の枠組みで全体の問題にすることが可能だ。しかし、アジアでは日本の抱える問題を特亜3国や東南アジア諸国と共通の議題にすることはあり得ない。
そもそも国家というのは孤独なものだろうが、問題・課題を分散したり共同で取り組む『仲間』はいてもおかしくない。しかし、経済的に突出してしまった日本にはそういった近隣国はゼロだ。逆に近隣国の問題・課題を日本に持ち込まれるという一歩通行過ぎるくらいだ。
せめて、日本、台湾、シンガポールあたりでアジア先進国(?)同盟でも作るなら多少は相互の課題共有も可能だろうが、そのためには台湾を国家として扱うことが必要で、そこまでの道のりは長そうだ。

既に経済、産業技術、科学(もほとんどの分野で)では日本は二流国または三流国になっている印象がある。さらに上のようなものを放置しておけば、ズルズルと存在感は低下していく。存在感だけが問題なのではなく、それによって経済、産業、人的交流も萎んでいくことが問題なのだ。
日本に住んでいるだけではそんな危機感は持つことは無いとは思うが、海外に出ている人たちは総じて同じような危機感を持っているのではないだろうか。

先日、社員さん(チェコ人)の一人に唐突に靖国神社について聞かれ、『ここは日本人が英霊・先人たちに感謝し、平和を願う場所なんだよ』と軽く説明したが、内心は、
『平和を祈るのは靖国ではない。靖国は、次に国難があったら自分も続きますと英霊・先人達に誓う場所なのだ』
と祖父に昔教えられたことを自分に改めて言い聞かせた・・・。

しっかりして欲しいぞ、ニッポン!!

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日本の存在感とは への2件のフィードバック

  1. blogファンその1 より:

    なるほど、日本帝国ですか。目から鱗でした。
    やはり日本の外から日本を見ると違うものが見えるのでしょうね。
    中身は不安がありますが、ちょっと元気の出る名前かもしれません。

    大統領選で変わるかとも思いますが、アメリカがどこかモンロー主義になっていて存在感が薄まっている今、日本のライバルであるドイツもVW問題や難民問題で1回休み状態ですし、久々に日本が存在感を出すチャンスのように思えるのですが如何せん材料が無い感じがします。

  2. 中帽子 より:

    日本の現状における存在感を確認できる参考情報がある。
    米で発行されている、世界有数の経済誌フォーブス(Forbes)
    である。昨年末のThe World’s Most Powerful People 2015
    によれば、第一位は3年連続でプーチンであるが日本の安倍
    首相は何と第41位であり、殆ど問題外の扱いである。
    日本帝国に国名を改める前にやるべきこととして、先ず米製
    憲法の国産化、米製自衛隊の国軍化、そして核武装であろう。
    この3つを成し遂げたとき初めて日本はPowerfulと評価され
    その存在感を自他ともに確認することになるだろう。

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