日本食の(農水省による)権威付けはうまく行くか?

インフルエンザが治ってもイマイチ調子が出ず、ヒマを持て余してニュースサイトなどをあれこれ拾い読みしていたが、近いうちに農水省が海外の日本料理の料理人の認定制度(ゴールド、シルバー、ブロンズ、何故トクジョー、ジョー、ナミにしない!?)を始めるらしい。確かに農水省の入札情報にはその『「日本料理の調理技能認定制度(仮称)」及び「日本産食材サポーター店認定制度(仮称)」において付される登録標章策定委託事業』というのが掲載されていて、どうやら五輪のロゴマーク募集のようなことが行われるようだ(また怪しい出来レースか(^^))。


ゴールドは日本の料亭等で2年以上の経験が必要らしいが、シルバー、ブロンズは不要で各国の調理専門学校で一定期間学べば取得できるらしい。
航空会社のマイレージのように最上級はハードルを高くする手法のようで、はてさてこういった認定制度は海外で通用するだろうか。日本のように『お上』のお墨付きが大好きな国民はイギリスやオランダやデンマークやスペイン(地方によるが)のようないわゆる王室、公室のある国と言えるだろうが、残念ながらイギリスをはじめこれらの国々が一般的に美味いものを食っているか、国民の美食に拘る傾向はどうかというと日本とはだいぶ違う。

かつて(10年程前か?)、政府の肝いりで海外の似非日本食(和食)レストランの払拭を目指した認定制度をぶち上げ、世界中から総スカンを食らった農水省が、今度は『店』ではなく『人』に制度を適用するのだろう。しっかり公正な審査等が行われるならばそれはそれで意味のあるもののようにも思えるが、音頭を取っている農水省の天下り先を新しく作ることが目的の一つのようでどうも胡散臭さが漂う。
medal既に、農水省には料理人顕彰制度『料理マスターズ』というのがあり、6年前から年に7、8人の受賞者が出ている。審査員はここに掲載されているが、委員長があの『ミスター円』榊原英資なのを見ると、うーん日本的な話だと苦笑してしまう。役人パラダイス・ニッポンである。

『人』に何らかの公的なお墨付きを付けるという権威主義的なものを職人の世界に持ち込むのはドイツ文化圏のマイスターのようなもので考え方としては理解されるとは思うが、世界的に見たら現実的に受け入れられるとは考えにくい。何故なら例えばフランスのような労働組合が強い国の場合、他国のお墨付きというものはあまり役に立たないし、むしろ弊害が起きそうだ。
そんな背景があるため、『食』に関してはお墨付きは『人』ではなくあくまでも『店』に与え、その認定を民間に任せているのが世界の現状である。
ミシュラン(レッド・ガイド)は日本でも有名だが、欧州ではゴー・ミヨー(Gault et Millau)、アメリカ(ニューヨークから始まった)ではザガット・サーベイ(Zagat Survey)もあり、いずれも公的なものとは無関係な民間の評価システムだ。
例外的にイタリア政府が10年以上前に農林省・外務省など組織横断的にRistorante Italianoというイタリア国外のイタリアレストランに対する認定制度を設けた(ロゴはフォークだったような記憶)が、ベルギーから始めたらしいものの現在では欧州のどこでも見たことがない。(そもそもRistorante Italianoという名称が世界中でイタリアレストランそのものに使われている)
しかし、イタリア商工会などが懲りずにMOI(イタリアホスピタリティー国際認証マーク)というのを2011年から世界48カ国で展開している(日本の認定レストランはここにある)
あまり意味の無い権威付けのようにも思えるが、案外、イタリア人と日本人はどこか似たようなメンタリティを持っているのかもしれない。

『店』ではなく『人』に権威付けすることによって商売上のアドバンテージを持てると考えること自体、職人を愛でる非常に日本的な発想のような気がするが、果たして世界的に通用するだろうか。ゴールドとシルバー、ブロンズの間の格差が大きいことなど誰も気にしないだろうし、結局シルバーやブロンズの乱発で現状の『変な日本食レストラン』が駆逐されるどころかますます怪しいのが増えるのではないかと危惧する。
おそらくゴールド、シルバー、ブロンズは数年で更新が必要といった具合で、天下り認定機関は黙っていても世界中から更新・登録料などが入ってくるという、交通安全協会的なシステムであることは想像に容易い。

この認定制度の審議会の議事録などを見ると、主に鮮魚の扱い方出汁の取り方の技術といった日本食の重要な基礎を大事にすべきという料理人サイドからの意見は傾聴に値する。
もし本気で日本の文化という側面を出すのであれば、筆者的にはさらに器の選択盛り付けについても一定の基礎は日本食にはありそうな気がするのだが、どうだろう。
欧州の寿司屋で冷凍ではない鮮魚の握りや焼魚を食べるとなると財布は相当な覚悟が必要だが、日本が鮮魚の扱いを進化(深化?)させたのは海に囲まれた島国であることと、豊富で清廉な真水があり、それから作られる衛生的な氷があったからこそであると筆者は考えている。
筆者は若い頃インドで氷の入ったジュースでアメーバ赤痢になったことがあり、以来海外ではよほどのことがない限り、しかも信頼できそうな店でしか氷の入った飲み物は注文しない。
海外で鮮魚を日本のレベルで扱うには輸送もそうだが氷、ひいては水の衛生状態が問題になる。それを満足できそうなのは先進国のごく一部であることは間違いなく、ゴールド認定された料理人は現実的に果たしてそこまで日本食を極めることがそれぞれの場所で可能だろうか・・・。

何度も書いているが、日本食を文化遺産にしたり、海外で普及させるのは悪いことではないものの、度が過ぎるとどんどん日本人にとっての食材(しかも輸入が多い現状で)が海外で真似されて消費されることになり、日本人自身がそのうち高価で手が出ないようになってしまうのではないかと筆者は非常に危惧している。
輸出を増やしたいのは理解できるが、近海の本当に美味いサバやイカみたいなものを輸出してノルウェーや地中海から輸入して日本人が食べるようになったらそれこそ文化破壊につながるのではないだろうか。

日本の本当に美味いものは日本の食材によるものであって、海外でその土地のものを使って日本食を作ってもそれは『似たもの』に過ぎない。勝手に『日本食』を標榜させておけばいいのである。
日本人が美味いと感じるものをこっそり日本人だけで食べていたらいいのである。さらに言えば、
『本物の日本食を食べたかったら日本に来い』
これで十分ではないだろうか?

ブログランキング・にほんブログ村へ 
(blog rankingに参加。ご協力を。Click it!)

広告
カテゴリー: 食・レシピ, 海外 タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , パーマリンク