流行りのAI、BI、SI(B)

以前から気になっていて、最近ニュース記事などでもついつい目が行くのはタイトルの3つだ。
AI・・・Artificial Intelligence、言わずと知れた人工知能。先般、囲碁で人間に4勝1敗と圧勝した。
BI・・・Basic Income、ベーシックインカム。小規模なものはオランダその他で実施が決まっているが、フィンランドで来年から大規模な実験が開始される。スイスはこの導入に向けて国民投票が予定されている。
SI・・・Social Impact(Bond)、価値共創などといわれることがあるが、まだ適当な日本語が無いように感じる。官(公)民連携の社会的投資の仕組みの一つ。

AIに関しては、社会人なりたての頃、短期間少々集中的にLISPというコンピュータ言語を中心にエキスパートシステム構築のために勉強したことがあるが、当時の流行りではあったものの、CPUパワーが全く不足だったことや、人間の”常識”の記述法に限界があり実用化の限界があった。古典的あるいは正統派AIともいうべきものだが、よく『所詮、人工知能は人間が考えプログラミングして作ったものだから人間の思考の限界を超えられない』という論拠でAIの否定をする人がいるが、この古典的なものしか知らない残念な人である。
先般、朝鮮人の囲碁チャンピオンを破ったGoogleのAlphaGoはそういったAIではない。
AlphaGoはCPUリソースと金に糸目をつけることを知らないGoogleのDeepMindという研究部門が作ったもので、ディープラーニングソフトウエアライブラリ『TensorFlow』(テンソルフロー)の分散化機能を強化したものをAlphaGoに利用した。
この『TensorFlow』はコンピュータ言語としてはPython(パイソン、ver.2.7 と3.3の一部)を使うもの(ライブラリ)で、オープンソースのため、ここからダウンロードして自分で試してみることができる。(Ubuntuの環境なら楽そうだが、筆者は現在FreeBSDにそれらの環境を作ってあれこれ試している。久々のワクワク感である(^^)。オタクですな)
このAlphaGoに囲碁のルールや定石はほとんど組み込まれていないらしい。(もちろん、石をマス目の中に置くか、路(線)の交点に置くかくらいは組み込まれているだろうが(^^))
では、どうやってAlphaGoが対局したか。それは過去の様々な棋譜をニューラルネットに入力する『Supervised learning』(教師あり学習)とAI同士を対局させる『Reinforcement Learning』(強化学習、教師無し学習)を約3,000万局こなすことによって囲碁チャンピオンを破るまでになったようだ。(ニューラルネットについては長くなるので割愛)
ここでよく誤解されるのは、3,000万局の棋譜を全て記憶し、それに基づいて場合分けをし先を読むという方法ではないことだ。
普通のコンピュータプログラムでは、エラーが出た場合にプログラムコードをデバッグして誤りを見つけることが可能だが、ニューラルネットではそうはいかない。人間にとってはコードどころかアルゴリズムがブラックボックスである。ニューラルネットの接続の強さを表すパラメータだけしかわからない。
実際、人間が勝った第4局では、AlphaGoが悪手を続けて負けるべくして負けたらしいが、その原因が開発チームにもわからないらしい。
このことはAIの何らかの限界を示唆しているようにも思えるが、逆に映画のターミネータ的な『空恐ろしい』ものを秘めていることは確かだ。

BI、ベーシックインカムについては過去にも何度か書いてきたが、今年のスイス・ダボス会議でもいくつかのセッションで話題になっていた。
フィンランドの実験に向けての情報や各国の動きなどはここ(Basic Income Earth Network)に情報が掲載されているが、今やBIは先進国のみならずアフリカのナミビアなども取り組む動向が見られ世界的な関心事になっている。
日本ではBIについては否定的な意見も相当に多いが、広がりつつある格差が決定的に固定化する前に大きく舵を切るべきなのは日本のような少子高齢化社会のように筆者には思える。
資本主義である以上、格差は生まれるものだし、ある意味格差があるからこそ活性化していると思うため、格差そのものは問題ではなく、格差によって引き起こされる様々な事柄が問題になっているのだろう。だからといって格差を完全に無くせとは誰も思わないはずだ。
人口が1億を超え、中央集権体制の珍しい国である日本は既に様々な制度疲労や綻びが問題を引き起こしている。こんな先進国は世界で日本だけではないか?
BIは仕事、生き方といった個人的な価値観にも影響するし、大げさに言えば国のあり方を問うことになるため、不要になるセクタの公務員や公的機関といった抵抗勢力を炙り出すことにもなるのだが、格差の是正と世代間の富の分配といった社会主義的なものを突き詰めればBIが決して悪いオプションではないことは明らかだ。

SI(B)、ソーシャルインパクト投資。2010年にイギリスではじまった制度で、大幅な公費削減や業務見直しが目的といえる。
既に、2015年から日本財団によって横須賀市で特別養子縁組の推進支援を行なうSIB事業が始まった(他に2件ある)が、税制の縛りによって寄付という仕組みの弱い日本においては、年寄りの社会保障費が増大し、地方の自治体が消滅の危機に曝されている中で、政府の力だけで日本の地盤沈下を防ぐことは不可能なことは明白で、そこに民間のマネーを導入し民間のビジネス手法によって社会的イノベーションを行うことが急務といえる。かつてはその役割の一部を銀行が担っていたが、今や地銀などはその責任感すら無く虫の息である。(地銀のクラウドファンディングなどと悪いジョークが平気な状態)
2015年の経済財政諮問会議専門調査会の報告書『選択する未来』で少々社会的投資やSIBに言及されてはいるが、日本のマスコミはその意味や意義すら解説できないでいるようにも見える。

現在、予算の無い地方の自治体などは許認可権限しか無いも同然のため、必要なところに必要なマネーを流し込んで社会資本整備や制度の充実ができないでいる。
一部PFIなども実施されているが、さらに一歩進めてSIBを使い自治体(あるいは国)がSIBを部分保証あるいは買い取るための予算措置といった金融工学的な手法を取れば必要なところに必要なマネーを流し込むことが可能になるはずだ。
単年度会計で予算の無い大半の自治体は、挙句の果てには何もしないよりはマシとばかり、くだらないキャッチコピーを作り、ゆるキャラだのノベルティグッズやらでイメージ戦略という名の無駄遣いに終始しているのが現状。半端な少額の予算を人間ではなく動物愛護に回すのがリーダーシップによる政策だと公言するとんでもない馬鹿な知事などもいる。
トップがアホなのが問題なのは自治体だけではなく東芝やSHARPも同様だろうが、日本の場合はアホのトップが問題なのではなく、アホをトップにしてしまう(あるいはアホでもトップが務まる)組織あるいは有権者の体質や民度だったりする。
中央集権体制と予算が無くても許認可権だけは絶対に手放さない国や自治体が変わらない限り、何でもかんでも国が~、自治体が~と自立(自律)を先に考えない国民が増え、『保育園落ちた、日本死ね』という発想が自然に出てくる馬鹿が増えるのである。日本が死んだらお前さんは即死だろうと・・・。

それにしても先の見えている筆者のような年寄りから見て、AI、BI、SI、どれを取っても日本が世界に出遅れている(あるいは逆行している)印象を持つのが非常に悔しいことである。やはり若い人の教育が重要なのだろう。『学歴』ではなく『教育』が必要である。教育を欲して三流大学に行くのは月を目指して木に登るようなものである。日本で、我々大人は木ばかり用意して来て未だにそれが続いているのではないだろうか。

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