戦犯法廷とは単に人身御供を決めるだけか

先月31日、欧州では驚きのニュースが流れた。
国連の旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)は、1991年以降の旧ユーゴスラビア連邦における戦争犯罪と人道に対する罪の9件の罪に問われていたセルビア急進党の党首、ボイスラヴ・シェシェリ(Војислав Шешељ、61)被告に対し、全ての罪状について無罪の判決を言い渡した。
その1週間前に元セルビア・スルプスカ共和国大統領ラドバン・カラジッチ(Radovan Karadžić、70)に対しては、禁固40年の判決が出ていたため当然のようにシェシェリ被告にも禁固刑だろうという大方の予想をひっくり返した判決だったため驚きのニュースとして伝わったのである。

旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)は1993年に国連安保理決議によってオランダ・ハーグに設置され、1991年以後の旧ユーゴスラビア領域内で行われた、民族浄化や集団レイプなどの深刻な国際人道法違反について責任を有する者を訴追・処罰するもので、長い時間かけて行われてきたものである。
審理の主な対象犯罪は、
・ジュネーブ諸条約の重大な違反となる行為
・戦争法規・慣例の違反
・ジェノサイド
・人道に対する罪
であり、有罪の場合は禁固刑、無罪の場合は釈放という2種類の判決しかない。
しかし、あまりにも多くの事案があり、審理時間が長すぎたため、2006年には元ユーゴ大統領スロボダン・ミロシェヴィッチ(Слободан Милошевић、65)が獄中死した。
2011年に元クライナ・セルビア人共和国大統領ゴラン・ハジッチ(Горан Хаџић)が逮捕され、訴追された人物全員がようやく逮捕されたが、カラジッチは2008年に逮捕され拘留されていた。
以前書いたように、カラジッチの審理は2014年に結審し2015年内には判決が出ると予想されていたが、今年3月24日の判決である。70歳の年寄りに禁固40年である(死刑と同じようなもの)。一方のシェシェリは無罪放免。
スレブレニツァの虐殺ではカラジッチがその首謀者の一人とされ、この虐殺事件があまりにもクローズアップされたためセルビア以外では極悪非道のイメージが定着している。

確かに、カラジッチは指名手配後10年以上逃亡し(ロシアなどに)、2008年に逮捕されたが、シェシェリは2003年にICTYに自首したという経緯の違いがあるものの、カラジッチはベオグラードでプライベート・クリニックを開業し、Webサイトまで持っていたことなどから見てICTYによる逮捕・拘束などはいつでもできただろうと思われる。アメリカはカラジッチには500万ドルの懸賞金をかけていた。それでも拘束されなかったのである。偽名は使っていたが、ベオグラードではカラジッチをかくまう市民が大勢いたことの証だろう。
セルビアに行けばわかるが、この2人はセルビアでは間違いなく『英雄』である。
それぞれの擁護団体は時々署名活動やデモを行ったりしていたし、カラジッチの母親は息子に『自首するな!』とニュースで呼びかけていたくらいである。(妻は反対に自首を呼びかけていた)

無罪放免となったシェシェリはサラエボ生まれの政治家だが、アメリカの大学で教鞭を取るなど一時はアメリカと密接な関係だったとされる。セルビア急進党(極右)を創設した党首で、ICTYによる収監中でも獄中から政治活動を続けた。ベオグラードでは何度か数万人のシェシェリ擁護のデモが行われたり、2007年の議会選挙では候補者名簿のトップだったりと民衆の支持は現在も大きい。
コソボ紛争なども簡単に言えばアメリカとNATOが起こしたようなもので、シェシェリはこれを大々的に非難していた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ではミロシェビッチ政権に抵抗したり、一貫して民衆側に立っていたとされ、民兵組織『白い鷹』を創設したりもした。
ICTYでの主な審理はこの民兵組織を使ってクロアチア人(カトリック、セルビアは正教)追放や虐殺を指示したかどうかだったが、今回の判決では民兵は独自に動き必ずしもシェシェリの配下にあったとは言えないといった理由で無罪となった。

旧ユーゴスラビアから現在に至るまでの20年余りの歴史を地理的、時間軸で整理してソラで話せるのは本当に専門家ぐらいのもので複雑だし、現在でも旧ユーゴ各国はいざとなればすぐにでも戦闘態勢に入るくらいの民族・宗教的対立がくすぶっている。筆者のいるオーストリアはそういう国々の隣の国なのである。
幸か不幸かいずれの国も長年の戦闘で国土や産業・経済が荒廃し、都市部の瓦礫などはそのままという地域が多数のためどこかが突出して武装を強化しない限り均衡は保たれているようにも見える。クロアチアなどは素晴らしい観光地が多いのだが・・・。
しかし、かつてボスニア・ヘルツェゴビナの『ムスリム人』を最近は『ボシュニャク人』と呼ぶようになったり、現在進行形の欧州の課題である。
そんな地域がシリアやイラクからの難民・移民の通り道になっていることや国境が物理的なフェンスで仕切られたことによる影響は単なる民族・宗教的対立だけではない問題をすぐにでも顕在化させそうで、相変わらずバルカンは欧州の火種なのである。

戦犯法廷、自民党の稲田朋美などは東京裁判についての問題や再検証を常々指摘しているが、結局はどんな場合でも戦後処理の人身御供を決定するための必要悪として戦犯法廷があり、勝者が敗者を裁くことでは同じようである。法的な裁きではなく、極めて政治的な裁きである。

2476ff4466e0c7c8e0944bc56c1638d2そういえば、Известия(イズベスチヤ)によると、今週稲田朋美がロシアを訪問し上下両院と外務省で会談し、モスクワ国際関係大学(МГИМО、ムギモ、ロシア外務省付属の大学)で講演するそうだ。
最近は国内経済にもちょっとだけ言及してみたり、ロシア訪問(女性の閣僚経験者の訪ロは初ではないだろうか?)などで、着々とポスト安倍の準備をしている(させられている?)ように見えるのは少々気が早いだろうか。

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