消費行動と生活水準の維持

娘達に付き合って幕張のコストコに。
一般的に購買力が低いと見られているのか東北、北海道ではほとんど店舗が無いが、最近ではよく知られた会員制の業務用小売(倉庫型)で、何しろ販売単位が大きいため、普通のスーパーのように気軽に歩いて行けるような店舗ではない。娘達もよく知っていて、筆者を搬送車の運転手としてみているのだろう(^^)。
とにかく『倉庫』なので、運動には良いくらい歩く、歩く。
大型のワゴンで車まで持ってきて積むと筆者のステーションワゴンはほぼ一杯で呆れてしまった。
子供達が小さい頃、シアトルのコストコ(英語ではトの発音は無しでコースコゥ)にテーマパーク気分で連れて行ってビックリさせたのがかなり強く印象にあるらしく、それぞれ貯金して筆者の帰国を手ぐすねひいて待っていたそうだ。(一体何を待っていたのか・・・車だな)


何を買うのかと思ったら、10種類ほどのパスタとお菓子作り用の小麦粉類や香辛料で、それぞれパッケージが大きいので姉妹二人で分けるのだそうだ。まあ、金の無い学生なのだから多少は工夫しているようで、二人のそれぞれ3~4か月分ということで、なるほどと納得。
パスタや粉類はダニの格好の住処になるぞと脅したがそれぞれ保管法まで心得ているらしい。
何か月後にまた来るときは車を持っているボーイフレンドに頼めと・・・。

しかし、こういった販売形態や消費行動があるということは、日本はまだデフレなのだろうとも思うが、昔は無かった形態だろうし、デフレとは無関係に新しい消費行動とも言える。
コストコ自体はスペインにもあるらしいが、こんな倉庫型の販売形態は欧州ではなかなか受け入れられないようにも思える。ウィーンなどはようやく郊外型のスーパーが一般的になってきた程度で、アメリカンな消費文化と言えるだろう。
消費行動やそれに応える供給サイドの企業の思考や戦略のようなものは欧米に比べて日本はなかなか独特だと思う時がある。

1960、70年代あたりから日米欧(の先進国)とも消費文化というのは経済成長とともに拡大したが、物価上昇や産業セクタによっては不況になったりした際は、アメリカの場合はそれに対抗して生活水準を維持するために女性の労働力活用が行われ共働きが珍しくなくなった。(中流・下流の生活水準)
それでも足りなくなると男女ともに長時間労働をするようになり、さらに生活水準を維持できない場合にはクレジットカードによる借金をし、不動産をATMとして活用することが一般的になった。これらによる借金の積み増しが極大化し、結局はサブプライム問題を起こしリーマンショックになった。

日本の場合は、
・女性の労働力活用(社会進出) <—- (またこれが出てきて気持ち悪いのが現在)
・長時間労働
までは同じだが、生活水準維持のために借金することは社会全体で崩壊する前に食い止められた。いわゆるサラ金地獄は社会の崩壊寸前で止まった。
その代わりといった風に出てきたものが、
・雇用の非正規化
・安物の一般化
である。正規雇用の非正規化は日本ではいわば歪(と錯覚)であるが、元々アメリカでは週払いのパートなどは昔から当たり前で労働市場の流動性は高く、日本も最近ようやく流動性が高くなってきたものの、賃金の側面で見れば下方向だけへの流動化で、上下両方向に流動性の高いアメリカとは事情が違う。欧州先進国ではドイツのマイスターやフランスの労組といった別の低流動性の要因があるため日米とも異なる。

安物の一般化はユニクロやニトリや(ダイソーなどの)100均がごく普通になり、(見かけ上の)生活水準を維持するために日本人は収入を増やすつまり借金をすることで補うのではなく安物や『なんちゃって商品』を選択し、支出を抑えることを目指した。
欧州は日米のちょうど中間のようにも思えるが、日本のように安物や『なんちゃって商品』の選択はあまり見られない。
例を挙げれば、日本ではビールが税金によって割高と見なされてから、発泡酒や第三のビールのような『なんちゃって商品』がごく一般的になったが、こういったものはアメリカにも欧州先進国にも見られない現象だ。ビールが高いからといって、『地ビール風味のビールもどき』などをドイツやチェコで作ってもまず売れないし流通に乗ることすら無いだろう。
フランスやスペインでカニカマ(一般名SURIM:スリミ)が大ウケだが、あれはカニの安い代替品として選ばれているのではなく健康志向から低脂肪の魚肉加工品として選ばれているのだ。日本ではあくまでカニの代用品で少々後ろ向きな気分を伴う食品だろう。
しかし、日本ではこの各種安物が徐々にクォリティを上げ、単なるsubstituteではなくalternativeとして一定のポジションを占めるようになってしまう。ここが日本の特別な、ある意味凄いところである。メーカーが多額の広告宣伝費を使って国民全体を洗脳していると見る向きもあるかもしれないが・・・。一億何とかというのが好きな国民性はそんなところにも見え隠れするが、案外全体主義が好きな国民性なのかもしれない。(本質的にファシズムにも繋がる)

どんな時代でも中間層やそれ以下の層が生活水準を維持しようとする方向に消費動向・消費文化は進んでいくため、今後社会保障費の増大に伴ってますます可処分所得が減少していく中で、日本人がコスパ、いわゆるB/Cをどう捉えるかは興味深い。
可処分所得減少によって負担できるCが減少する場合に生活水準B/Cを維持するには期待されるBをカットするしかない。(ここでCの不足分を借金で補うのがアメリカ流)
その行動が結婚を諦め、子供も持たず、車も家も買わず・・・といった現象となる。いずれは教育もその中に入って来そうなところが大いに危惧されるところだが。
やはり、何度も書いたようにこのCの部分に大きなヘリコプターマネーを直接投入、しかも未来のある若者に投入し、費用対効果に長期的な減衰分も見越した投資対効果を期待すべきであって、物理的に未来の少ない(時間の無い)減衰分の見込めない年寄りにばら撒くのは刹那的に選挙の票になっても非合理で亡国の施策なことに間違いない。

 

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