プログラミング教育の必修化 への5件のフィードバック

  1. ブルーベリー より:

    大学の理系学部では、プログラム実習を必須化していますが、
    日本では理系が3割弱しかいません。 

    「論理的な思考を鍛える場」 を全ての子供に与えるのは意義があると思います。
    海外では常識になってる投資教育は全くやっていません。

    多くの日本人は非論理的な判断を下すので、おかしな方向に行ってしまう。
    理系の学力が最低クラスの秋田県が 「最速の衰退」 をしているのが好例です。

    • argusakita より:

      日本語そのものが論理的思考に向いていないように思えますし、やたらMr.スポックみたいなのが増えたらそれはそれで気持ち悪いし、日本文化の良さみたいなものが損なわれる気もします。論理的帰結の一歩手前で止めるのが日本では良しとされることが多いですから。
      論理的思考を鍛えるなら、プログラミングではなく、統計学や確率論の基礎を子供たちに教えるべきだと私は思います。
      コンピュータプログラミングは論理的だけでもないのです。経験的に言って、案外、ヒューリスティックなものです。

      最速の衰退かぁ・・・

  2. プログラム言語は英語であっても日本語(ドス時代のMINDなど)にしても、やっぱり呪文でした。サンプルは打ち込めるんですが、自分がやりたいことをどうコード化するといいのか、それが結局はわからない。

    Delphiは無料版が出たとき、(Ver.6やターボ・パスカルの時)は触ってみるんですが、有料版になると、高価過ぎて買えませんでしたし、やっぱりサンプルしか打ち込めず、やっぱりやりたいことのコード化が結局わからないので使えませんでした。

    それに、マイクロソフトがしょっちゅうOSの仕様を変えるためか、過去に動いていたコード(フォーラムで教えてもらったもの)が、OSやプログラム言語のバージョンアップで動作しなくなることもあり、素人プログラマにはお手上げ状態になることもありました。

    小学校では、おそらく亀を動かすことなんかでプログラム言語に触れたことにするんでしょう。小学校では触れることで十分という雰囲気がこれまでもありましたし。本格的に学習させるのは、高校からでしょうね。おそらく、英検のような資格が出来て、天下り先が出来るのが関の山でしょうね。

    • argusakita より:

      >自分がやりたいことをどうコード化するといいのか、それが結局はわからない。

      そこのところは、人に教えるときによくわかります。
      その状況の理由は2つあります。
      1つは、やりたいことを簡単な単語だけで100%書き下せない。日本語という自然言語がリッチ過ぎるからです。
      もう1つは実装された言語で例えばどんなクラスが予め用意されているかを覚えきれない。

      後者は、いろんな言語をやるうちに経験から想像力が働くようになるんです。
      前者は、日本語に自分で制約をかける訓練が必要になるので、これは訓練の時間がかかります。
      どちらも小中学校の週に数時間の訓練では絶対無理です。

      TurboPASCALとは懐かしい。そこからC#に進めないのは用意されているクラスの全体を把握する困難があったんだと思います。

      • オットト! ターボ・パスカルでなくターボ・デルファイでした。まあ、コード記述はパスカルでしたから、訂正しなくても問題はないと思いますが、訂正しておきます。

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