『韓』も『恨』も『한』の国とは違うのが日本

海外で留学、仕事などを経験した人はわかると思うが、数字やアルファベットの手書きの文字の読み書きで戸惑ったり失敗した人は多いはずだ。
特にお金に絡む数字で、1、4、7、9の失敗は多いかもしれないし、最近はパスワードの英数字・大文字小文字区別の場合は必ず音声で伝えないと間違いの元だ。音声で伝えるときのフォネティックコード(通話表)の常識も日・米・欧での違いがある。時々日本人が『ペキン(北京)のP』などと言っているのを聞くがあれはどこにも通じない。(^^)


数字の7の字に横棒を入れる書き方は日本ではあまり一般的ではないが、経験的に海外では横棒を入れる人のほうが多い。活字ですら横棒を使ったものも多い。
これほどICTが普及した現代でもアルファベットと数字に関して世界中で統一されていない(ほぼ通じるという程度で止まっている)実態はコンピュータ以前の問題で、なかなか興味深い。

文字というのは話し言葉を書き表すための道具ではなく、書き言葉のためのものであり、書き言葉と話し言葉は別のものである。秋田弁なども(訛りを含めて)話し言葉を書き言葉にするのを拒否するかのようなローカル言語の一つなのだが、そういった前提以外に日本語の場合は3つの文字(ローマ字も入れると4つ)を使う(しかもミックスして)極めて特殊な書き言葉を持つ言語で、これを子供の頃からの学校の勉強と生活の中で自然に身に付く日本人というか日本社会の環境は考えようによっては驚異であり、異常とも言えるかもしれない。
ある程度教養のある外国人なら日本語の話し言葉は半年もあれば日常生活程度は問題無くなるようだが、書き言葉に関しては10年経っても読むのは多少OKでも書くのは相当に困難のようだ。

筆者も社員さんに乞われて何度か平仮名を教えたことがあるが、正直言ってこれはかなり難しい。無論、半世紀も生きていれば平仮名の文字の上手い下手は何となく評価眼を持っているものの自分でその理想形を書けるかというと×であり、そもそも平仮名を見る機会の少ない外国人に『あ』や『お』や『な』や『ね』や『ゆ』や『と』などの全体のバランス、カーブ、点の位置といった筆触(書きぶり)を定量的に教えることはそもそも知識が無く不可能に近い。
結局、幼児用のなぞり書き練習のためのwebサイト(pdfダウンロード可能)を紹介して『日本人は子供の頃、こういうなぞり書き練習をして文字を覚えるのさ』という言い訳でお茶を濁すことになる。
ところで、このなぞり書き練習の手本というのはどこかに原本でもあるのだろうか・・・。
上記サイトのそれぞれの文字に関して、筆者はあまり上手・奇麗とは思わないが、それらの文字で何か文を書いたら全体的に奇麗に、『上手い字だ』と感じるのだろう。そこが不思議なのだが、まあ、英語の筆記体も同じと言えば同じで『全体の調和』が重要だ。

平仮名ではないが、漢字の話題が最近日本と朝鮮で出ている。
日本では、
小学校国語、都道府県名は全て漢字で 次期学習指導要領改定で20字追加へ(産経)
ということで、常用漢字でありながら小学校では学ぶことになっていない潟岐香佐崎滋縄井沖の9字が追加されるそうだ。(2020年からの次期学習指導要領)
へぇー、潟上市や香川県や沖縄市というのは小学生は書けなくても良かったのかと。
常用漢字の選定基準はエラい先生たちが決めるのだろうが、日常生活やニュース視聴といった観点からは、使用頻度で上記の9文字よりも学ぶ必要性の低いものがありそうな印象だが・・・。
筆者などは常用漢字ではなく当用漢字(当用:将来はわからないが、しばらくの間さしあたって用いるの意。1981年廃止)で育ったため漢字に関しては『ゆとり世代』である。
内閣告示によるこれらの漢字表は現代日本人の『目安』『常識』なのだろうが、特に学習における強制力も無いし、生活上の使用に関する制約も無い。よくよく考えるとこんなものを国家で大きな予算を使って制定することにどんな意味があるのか不明と言えば不明。しかし、大事なのだ。
尤も、常用話し言葉などを決められた場合、現代では若者の多用する『ウザい』『ヤバい』『キモい』が入るだろうから書き言葉の漢字だけでやめておいて欲しいものである。

一方、南朝鮮では、民間団体と学生の保護者ら333人が漢字を廃止したため、学生が漢字を習う権利を奪ったとして、政府を訴えた裁判の法廷弁論が憲法裁判所で開かれたそうだ。これは南朝鮮政府が2005年に『国語基本法』を制定し漢字を全面的に廃止して以来、国が提訴された初の事案だそうだ。(相変わらず謝罪と賠償ってか?)
キム・デジュン政権下で政府の公用文書や道路案内での漢字の使用を許可したものの、2005年ノ・ムヒョン政権下で漢字は廃止となった。
表音文字であるハングルはいわば日本でローマ字で全て記述するに近い感覚だろうが、現代の朝鮮人は自分の名前すら漢字で書けないらしく、これでは少なくとも書き言葉による専門書出版や議論などは到底不可能。何しろ『韓』も『恨』も『한』なのだから国の名称すら危うい滑稽な事態である。
数学・物理・化学・哲学・法律など高等学問をほぼ母語で賄えるのは世界でも日・独・英米・露くらいで、南朝鮮のように文化的な連続性の無い若い国では書き言葉ですら上記のようにコロコロ変えても特段問題ではないのだろう。明治の頃の先人達には頭が上がらない。
支那も共産党の無神論などによって繁体字簡体字にし、単語そのものは日本から輸入したものが多数(人民共和国という国名自体が日本語)で、既に書き言葉や表意文字である漢字の文化的重要性を捨てた国であり、そのうちハングルと合体して何か『特亜記号表』でも作り出しそうな予感さえする。
未だに繁体字を使う香港、台湾、マカオあたりはまだ日本とこのあたりの文化論を議論できそうだ。

最近、契約書のサインなどで自分の花押を使いたいと思いあれこれ研究している。
花押は(本来はやや違うが)一般的に自分の名前(苗字ではなく)を生年月日の陰陽五行と名前の中から相性の合う吉文字一字を選び七点を整えて作るのだが、これがなかなか難しい。
大名でもあるまいにと思われるだろうが、契約書のサインに花押をカッコ良く書けたら、そこから話題の一つも出るだろうという俗な目論見である(^^)。

書き言葉と文字、これは日本がどんなに在日が跋扈しようが移民を入れようが絶対に守るべきものの一つである。

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