現代日本は落ち着いたロバストな国か、単に枯れた国か

日本のメディアを見ていると、消費増税延期が大体決まったようだが、その理由がリーマンショック級の危機が懸念されるため(by 安倍首相)だそうで、どこか違和感がある。そのくせ『アベノミクスは失敗』という口煩い指摘に対しては求人数や所得微増などを理由に失敗ではないと主張し、どこか相反するものを感じるではないか。
せめて、『欧州型インボイス導入を実施するために最低でも2年半必要なため再延期し、導入と増税を同時に実施する』とでも言えば良かったのに・・・。
安倍政権は外交安保はAかA+だろうに、内政特に経済がBやCなのはどうしたことか。

野党特に民進党などは盛んに参院選の争点にすべくアベノミクス失敗を指摘しているようだが、アベノミクスが失敗かどうかという議論はあまり意味が無いと筆者は感じている。そもそも金融緩和しか具体的な実施施策は無かったに等しく、『アベノミクス』だの『3本の矢』はバズワード(buzzword)に近いものとなってしまった。
そもそも、3本の矢の例えは、3本まとまれば1本よりは折れにくいという教えであって、単純に矢を3本揃えることではない。それをあたかも3本まとまっているかのような先入観を植え付けたところに拙さがある。さらに、残りの2本がさっぱり見えないことを延々と言われ続け、よせばいいのにまたまた『新3本の矢』(しかも矢ではなく的だった)を持ち出したことで余計に面倒なことになっているではないか。

2017年春の増税時には景気が回復して税収も上がっているはずというのが前回の増税延期の判断だったはずで、それを公約にして選挙に勝ったのだから、それが予定通りにうまくいかなかったことに対しては政治としての説明責任、場合によっては責任の所在の明確化も必要な気もするが、もっと根本的に政治は公約を守ることが目的ではなく、国民の生活を守ることだと言われれば、それに沿った公約の修正でも悪いことではないだろう。
来年の増税延期は既にマーケットも消費者も織り込み済みだろう。故に、時期的には住宅関連などの駆け込み需要が始まってもおかしくないにも関わらず数字に出てこない。皆わかっていたことなのだ。
政治は結果責任とはいうものの、刑事事件以外は結果責任を問われないのが日本の政治と行政の特徴で、公約の反故は日常とまではいかなくとも茶飯事である。有権者があまりにも優しいのだ。

日本に詳しい外国人と話してみるとわかるが、日本というのは先進国の中でも本当に特異な国だと思われているらしい。
ナオミ・クライン(Naomi Klein)が2007年に著した書籍『The Shock Doctrine』は、なかなか興味深い内容だったが、当時はアメリカの9.11やイラク、アフガン戦争などには当てはまるとは思っていたが『アメリカとは大統領選挙を見ても元々そういう国柄』と筆者は感じていたため驚きはしなかった。
しかし、その後の政変・紛争・災害などの危機的状態を利用する手法は案外当てはまっていることが多いことに気付いた。ただし、このショック・ドクトリンが当てはまるのはある程度の経済水準と国民の教育水準のスレッショルドが必要なことも事実のようで、アラブの春以降のトルコ、クリミア危機のウクライナ、難民危機によるドイツ・スウェーデン・デンマーク、同時多発テロのフランスがこれに該当しそうだ。
ただ、ショック・ドクトリンとはいえ、該当する各国でフリードマン的な徹底した市場原理主義や『小さな政府』主義を金科玉条とし、公共部門の民営化、福祉・医療・教育などの社会的支出の削減が断行されたわけでもない。ただし、現在進行中のフランスの労働法改正に関わる騒ぎは教科書(The Shock Doctrine)通りのようにも見える。

現代日本はショック・ドクトリンが通用しない(当てはまらない)珍しい先進国と見える。
未曽有の大惨事であった東日本大震災や原発事故を経験しても、その危機を利用して徹底した市場原理主義や『小さな政府』主義が強烈に顕在化することは無かった。
格差は高頻度で問題になるが、これは日本に限ったことではなく、加えて日本の格差問題などは世界的には非常に小さな格差の問題である。(やはり、官僚支配の社会主義国なのだろう)

支那が尖閣や沖縄を虎視眈々と狙う領土問題は武力衝突の可能性もある大きな危機であり、北朝鮮が好き勝手にミサイルを飛ばしている状態も十分に危機なはずなのだが、日本全体に危機感はあまり無い。寝ているフリをしている国民が上品だという評価か・・・。
普通の国なら国民全体で危機感を共有し、対抗措置・手段を取ることを支持するだろうが、国民にも政府にもそんな動きは見られない。せいぜい安保法制くらいだが、国や国民を守ることよりも憲法、立憲主義を守るのが大事な烏合の野党は支持を広げられず、お話にならない。
考えてみれば、1995年の阪神淡路大震災と2か月後の地下鉄サリン事件のときはまさに『国家的危機』だったと思うが、あのときも日本全体が浮足立つことは無かったように今は思える。水面下では相当な動きがあったに違いないと思うのだが・・・。

日本では、かつての労働運動、学生運動での街頭デモや集会で危機を学んだ政府・治安当局が、民衆の集団行動を抑えるための綿密・周到な法整備(歩道の石畳まで)を行い、防犯カメラと称する監視カメラであらゆる場所で個人の特定が可能な状態になりつつあるため、いわゆる共産主義の武力革命的なものは人生を棒に振る程度の相当な覚悟を持たないと実行できないようになっている。
支那やロシアや北朝鮮やサウジなどを除いて他国では普通に行われる農民、学生、労働者の比較的まともな要求の運動さえ街頭で大規模に行われることはない。
もし、間接民主制が理想的に機能しているなら、民衆のデモなどが少ないのはそれはそれで頷けるが、日本の場合はlawmakerである議会の議員というものが国も地方も腐敗し機能不全となっているため、直接民主制が一部必要なはずだが、上記のような状況のためその運動すら起きない。

為政者から見れば日本のように落ち着いて、民衆が静かで、暴動も起きないロバストな状態が望ましいのだが、実はYouth bulge theory(ユース・バルジ理論)のように、日本は15歳~29歳の人口が2割を切る超高齢社会のため社会変革のための運動を起こすエネルギーが当分(少なくとも団塊が死に絶えるまで)は社会の中に存在しないと見るのが妥当なのかもしれない。

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現代日本は落ち着いたロバストな国か、単に枯れた国か への1件のフィードバック

  1. argusakita より:

    再延期決定か・・・。社会保障を多少切るわけだな。
    日本は参院選モードに突入。目先の票しか頭に無いなぁ、与党も野党も。
    また何百億・何千億円も使ってエサ代をもらう連中を選んでもどうせ働かない議員達。
    本当にどうしちゃったかな、日本は・・・。

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