欧州懐疑主義の根っ子はEU官僚と金融機関

イギリスの国民投票の結果を受けて、世界中に波紋が広がり、各国政府・中銀による協調介入も現実味がある状況だ。為替急落直後にスイス中銀(SNB)は単独介入したが、下落幅の半分も戻すことが出来ないほどの『落ちるナイフ』状態だった。
今日は下手に下落すると介入を招きかねないという警戒もあってか、不安定(各通貨ペアで100pips程は軽く上下している)になっている。
世界中の株価は一気に落ちてブラック・フライデーだったが、今日も欧州市場の株価は開始後再び下落を始めている。
この下落した株価の銘柄を見ると、EUの本質というか欧州の多くの人々が持つ欧州懐疑主義の根っ子が見えるようで興味深い。

2桁%下落したのは主に銀行、証券、保険各社で、フランクフルト、ロンドン、ユーロネクストなどの主要銘柄を見ても、ドイツ銀行、BNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、アクサ、バークレイ、ロイズ、マークス&スペンサー、スコットランド銀行、アリアンツ、コメルツバンクといった企業だ。
通信系では結果発表後BT(ブリティッシュ・テレコム)がガッツリ落ちたのに比較してVodafonは同様に下落後ほぼ一気に回復している。しかし、今日は再度下落してきているようだ。
BTはO2という携帯キャリアも傘下にあるため、欧州でのシェア低下が予想される。
欧州ではイギリスのこの2社以外に携帯キャリアとしてT-MobileやOrangeなどもあり、今後どのようなシェア争いになるか興味深い。

メディアでは、今回の離脱賛成派が勝利したのは移民政策の誤りによるものだとか、大英帝国の誇りを取り戻すべく年寄り中心のナショナリズムが後を推したといった解説がされているが、それらは少々表面的な気がする。
イギリスの離脱派やオランダ、フランス、デンマークといった国の欧州懐疑派の持つEUに対する感情の根っ子には、
・EU官僚に対する不満
・大銀行等金融機関に対する反感
がある。この二点についてはマスコミはあまり突っ込まない。(広告主であることも影響か)

EU官僚というのはブリュッセルにあるEU委員会本部を中心として働く各国からの官僚で約3万人。このEurocrat(ユーロクラット)は、25の総局と、事務局、法制局など8つの部局が配置され、委員は普通の国家の内閣の閣僚と同じように、それぞれ所轄の政策領域を持つ縦割り組織でもある。
筆者も何人か知人がいるが、実は相当に『上級』公務員で、平均給与が80万円弱/月、最高の局長クラスでは約200万円/月、子供手当やら何やら手当てが付くばかりではなく、所得税が免除(自国で申告)されている。さらに、退職後の年金は最終給与の約7割もらえる。
こんな厚遇の官僚だが、局長クラス以外は選挙で選ばれるわけではなく、各国政府からの出向だったり、大企業からの出向だったりする。
しかし、各分野の専門家でもあり各国大臣級とタメで話が出来、EU委員会の決定として通達など強制力を持って仕事ができる反面、相手国やその国民に対して一切の責任(説明責任も)を問われるようなことはない。夢のような(タカビーな)仕事なのである。
要するに欧州で最も恵まれた官僚達であり、当然、嫉妬・怨嗟の対象になり得るのが実状。表にはあまり名前は出てこないが、自分がEU官僚だと敢えて公表したら命の危険もあるくらいだろう。

欧州は伝統的に階級社会と言っても間違いではないため、このような富裕層の存在そのものについては庶民はあまり文句を言わないのだが、その恵まれた厚遇の官僚達が各国、特に南欧諸国(ギリシャ、スペイン等)に対して自分の国でもできないような厳しい財政規律を要求するため、反感を買うことになる。しかもそのEU官僚達の給与は各国の拠出金(各国の血税)で支払われている。
これが欧州懐疑派の根っ子の一つ。

もう一つ、この官僚達のやってきたこと、特にギリシャ危機の内幕が明らかになってきたことで、その陰のプレイヤー達の動きが『EUは各国を食い物にしている』という印象を決定づけ、それらの背後にいるのが大銀行、証券会社、保険会社といった金融機関・大企業だということが明らかにされたことが、反EU感情が高まる結果になっている。

ギリシャ危機とはどんなものだったか。
アテネオリンピックなどを契機に雇用創出を主眼にギリシャ政府は他国から借金を続け、欧州中の銀行がこれに貸し付けを行った(国債発行)。オリンピック競技場だけでも約1兆円投入されたとされる。また、国防予算も借金で賄い、国民1人あたりの国防予算はNATO加盟国トップになっている。このギリシャに兵器・武器を政治家に賄賂を使ってまで売りつけたのはドイツとフランス(の金融機関)である。
それらの背伸び、無理が続くはずがなく、2010年春、ギリシャの財政危機に端を発していわゆるギリシャ危機が表面化する。
しかし、この時点でEC(EU委員会)、ECB(欧州中央銀行)、ドイツ政府はギリシャが債務返済が全く不可能なことは十分にわかっていたにも関わらず、彼らはギリシャは一時的に流動性が低いだけで返済能力があると見せかけた。
その結果、歴史上最大(1,300億ユーロ)の融資をギリシャは受け、(おそらく)永遠に返済不能となったばかりか、他のEU諸国と対峙する悪者にさせられた。

この融資はEC、ECBに加えてIMF(国際通貨基金)も加わりトロイカ体制を組んだが、IMFには融資反対意見もあり、融資は成功しない(返済不能)という専門家も多かった。
しかし、急遽、IMFの融資条件の変更が行われた。各国政府・中銀からの出向者の群れであるIMF官僚によって、ストロスカーン前専務理事の指示によって秘密裏に変更が行われたのだ。ストロスカーンはフランスの銀行に損失を出させたくなかった(大統領選を意識したため)。
また、EUには『債務危機に陥った加盟国は救済しない』という条約の原則があるにも関わらず、世論を煽り『金融支援は欧州の結束のため』という欺瞞を喧伝してトロイカは金融支援を行った。ドイツの銀行のメルケル等へのロビー活動は熾烈なものだったそうだ。
その金融支援でギリシャに渡ったはずの1,300億ユーロのうち、ドイツの金融機関がギリシャに融資した170億ユーロ、フランスの金融機関が融資した200億ユーロはまるまる回収された。
つまり、ギリシャ支援というのは、破綻したギリシャに融資したドイツ・フランスの銀行を救済することが目的だったのだ。
国際金融市場の崩壊防止のためにギリシャは犠牲になったと見てもいいかもしれない。

同じようなスキームがギリシャ以外にポルトガル、キプロスでも行われた一方で、EU官僚は各国に無茶苦茶とも言える緊縮財政を強いている。確かに、ドイツは1999-2000年の2年間厳しい国家的な倹約を行い財政を建て直した経験があるため、それをこういった破綻国でもできるはずだという論理だった。しかし、ドイツの場合はユーロ安によって輸出による貿易黒字があったからこそできたことであって、ギリシャ、ポルトガル、キプロスにそんな産業は無い。
筆者に言わせれば、ドイツの貿易黒字は相手国の巨額の国債発行によって支えられたものである。

緊縮財政の結果、ギリシャはアテネの市街地などはシャッター通りになり、立ち直る気配もない。去年トランジットで立ち寄った時もアテネの商店街は悲惨だった。産業だけではなくEU官僚達が医療費を30%カット(GDPの6%まで削減、欧州平均は8%、ドイツでは10%)させたことや社会保障などあらゆる支出を情け容赦なく削減させたため、ギリシャでは人口の25%が医療保険に加入できない状況になり、200以上の病院が閉鎖、公立病院の医師の約半数が解雇された。現在はボランティア医師達による臨時の外来クリニックが多数存在するという。

トロイカによる金融支援を受けた国では財政再建どころか、緊縮財政によって内需が減少し、ますます財政悪化が進み、失業者が大量に発生している。そのため、ポルトガルでは働く現役世代の約4割、アイルランドでは約6割が国外に脱出したとされる。
『雇用が増えないのは賃金が高すぎるから、労働者が解雇されにくいように守られているから』というEU官僚達の論理で、ポルトガルでは解雇が容易になり賃金が約20%下げられ、労使間協定も破棄された。かつては半数以上の労働者が労使間協定下で働いていたが、現在はそれがわずかに6%以下。労働者は雇用者と個別契約によって働く弱い立場。団体交渉による賃金交渉もできない状態のようだ。いつかの記事ではポルトガルの最低賃金では月収485ユーロだそうだ。月6万円弱ではさすがに生きてはいけない。

EUの条約では、労働市場の自由化などは加盟国独自に取り組むべき課題でECは責任を負わないと決められている。にも関わらずトロイカのEU官僚がそれらに口を挟んでいる。しかも結果については一切責任を負わない。明らかにトロイカもEU官僚も条約違反を平気でやっているのだ。
これが、イギリス離脱派などが痛烈に指摘していたことだ。

悪魔の契約(好きなようにやっていいから儲けの一部を政府に払え)のような政府と金融機関の癒着とそれを利用するEU議会とEU官僚達。これがEUの本質だろう。
金を持つ者だけが生き、持たない者は死ぬという原則はアメリカで言われる『底辺に向かう競争』である。しかし、同時に金や力のある者には配慮がなされ、一般の人々が重荷を背負う図式は決して欧州だけではない。

スペインの総選挙ではまたまた連立しないと組閣できない(半年以上になる)状態になってしまったが、ポデモスのような左派もあまり躍進しなかった。(それも少々不思議であるが)
さて、日本は同じような道を進むだろうか。まともな左派がいない日本はどちらかというとEU官僚的な進み方が予想される。

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欧州懐疑主義の根っ子はEU官僚と金融機関 への6件のフィードバック

  1. argusakita より:

    国民投票の結果を受けて、EU主要国財務相達は『イギリスはさっさと離脱手続きに入るべきだ』と恫喝に近い声明を発表。
    四面楚歌のキャメロンは、EU担当ユニットを内閣に緊急に作ると発表したようだ。
    世が世なら砲艦外交に進む一歩手前みたいな空気。

    これ、ロシアのプーチンはニヤニヤしているだろうなぁ・・・。

  2. お久しぶりでございます。
    あいもかわらずのご考証(高尚)、感服致します。
    くだんはこちらと思い参上した次第です。
    近代戦争の発端は全て欧州に有りと心得ております。
    その長い紛争を経てEUが誕生しました。
    理想世界創造への第一歩だったはず。
    しかし永年の恨み辛み、まして先祖の仇と相容れるものでしょうか。
    某国は「恨」と称し1000年忘れないとはばからない。
    それと階級ですが、EUが出来たことでよりネストしました。
    産業におけるドイツ(プロセイン)の一人勝ちも問題です。
    イギリスの産業は中国に乗っ取られんばかりです。
    対岸のロシアは例によって漁夫の利を狙い、
    紛争が業のUSAはナショナリズムの潮流に微笑む。

  3. Yoko Fujita より:

    ふつうの市民の皆さまの、連帯責任があることと英国の名誉まで傷くのをやめたくて離脱に投票した方々には、心が動かされました。

  4. ブルーベリー より:

    欧州連合のそもそもの目的は、2度の大戦を引き起こしたドイツを抑える事。
    しかし、今やドイツがEUを利用して、自分に有利な環境を作ってる。
    本末転倒になっているのだから、批判が多いのも当然でしょう。

    イギリスが抜けた今、フランスだけではドイツを抑えられず、EUの崩壊は時間の問題です。

  5. オジーブ より:

    自分で調べてもよくわからないのですが、EU ARMY 創設計画は、本当だとお考えですか。

    • argusakita より:

      EU加盟国とNATO加盟国は一致していませんが、実質的には(特に対ロシアで)NATOがそれに当たるでしょうから敢えてEU軍創設というのもどうでしょうか。

      フィンランドはNATO非加盟ですが、演習他NATOと行動を共にしていて、数日前プーチンがフィンランドを訪問して、1,800km国境を接している両国とか何とか言って、思いっきり、
      『NATOに加盟したら・・・わかってるな!』
      という感じで恫喝会見していました。

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