いよいよ日ロ関係が動くか

どうやら、9月2、3日ウラジオストクでソチ以来の安倍・プーチン会談が実現しそうだ。(ソチの会談内容は長時間だったがあまり明らかにされていない)
ウラジオストクで開催される第2回東方経済フォーラム(EEF)に日本代表団以外に安倍首相も出席してそこで会談が行われる予定だということだ。
いよいよ平和条約締結に向けて大きく動くかと期待するが、筆者の知っている限りでも過去少なくとも2回は横槍が入ったり、ウクライナ問題で流れているため、今回も実現までは流動的な要素もあるだろう。EEFはアメリカ抜き(支那、南朝鮮、ASEAN諸国なども参加)だが、今回はちょうど大統領選も大詰めでアメリカも眺めているしかないといったタイミングだろう。
ここのところ、タス通信やイズベスチヤなどでもプーチンの年内訪日について(ロシア側は)『可能』というアドバルーンを揚げているが、日本側の反応が(アメリカの意向を忖度してか)イマイチなのが興味深い。

相変わらず支持率の高いプーチンだが、健康不安説などもちらほら聞こえることが多くなり、後継者の話題も出てくるようになった。
停戦合意したもののそれ以上の政治プロセスが進まない長期化したウクライナ・クリミア問題やNATOの大部隊派遣等のあからさまな対抗措置でイラついているとも言われる。
さらに、生鮮食品等の国民生活への影響はだいぶ緩和されたものの、エネルギー関連の富裕層の不満も蓄積していてプレッシャーがかかっているとも伝えられる。
そこで、極東開発で国民の関心を東に向けようとしているようだが、そこには言わずと知れた日本との懸案が待ち構えている。
安倍・プーチンの個人的な関係はかつての森・プーチン関係よりも良好とされるものの、互いに国内向けの姿勢として譲歩できる余地があまり無いため膠着しているのが実情だろうが、よく言われるように安倍・プーチン時代に解決しなければまだ何十年も先送りされそうな印象だ。

しばらく前にプーチンが言った『引き分け』という意味の解釈がロシア側と日本側とではやや異なることは様々に言われているが、その一致を見ない限り北方領土問題や平和条約締結は前進しない。
筆者としてはロシアビジネスの障害ともいえる相互のビザ緩和(ソチ五輪以降若干改善されたが)は早く実現してもらいたいが、その前提が平和条約締結・批准であるため、今以上の前進はまだ時間がかかる。

確かに日本としては理想的には北方四島の返還こそ大きな区切りであって、そこから全てが始まるという見方がある。しかし、現実的に既に四島にはロシアによるインフラ、各種工場、軍事施設が存在し、入植させられたロシア人達が暮らしている。これをガラガラポンするのはどう見ても非現実的でそれこそ未来永劫消えない感情的なしこりを残す。
また、全てのインフラを放棄し、ロシア人が全て去ったとしても、そこに故郷として帰る日本人はどれだけいるだろうか、いたとしても老人ばかりだろう。
出生率の高い若い人も多い沖縄ですら、ことあるごとに3,000億円規模の交付金を与えても産業が育たずあの有様だ。気候的に恵まれず、地震なども多く、珍しい観光資源は確かにあるだろうが、住人も少ない北方四島に将来的にどれほどの交付金が必要になるかまで考えている人は多くないように思われる。離島の開発や維持はやはり簡単ではないはずだ。

それならば、日本側はあくまでも四島における日本の主権だけを認めさせ、
・軍事基地は置かせない、あるいは自衛隊との共同設置
・資源開発や都市開発は共同実施
とし、平和条約締結・批准&往来に必要な相互のビザ緩和あるいは廃止で、ヒト・モノ・カネ・情報の往来を自由にし共同経営するのが現実的である。
とは言うものの、ロシアとしては日本の主権を認めるのは国内世論がなかなか許さないのも事実だ。

ロシアを簡単に言えば敵性国家、残忍なならず者国家と見ている日本人が多いが、そういう人と話すと大抵はロシアに一度も行ったことが無かったり、知人もいないという人がほとんどでガッカリする時がある。
本来、国同士で絶対的な信頼のおける関係などはあり得ない訳で、いざとなれば敵性になる可能性は確かにロシアにもあるが、少なくとも支那や南北朝鮮のようなどうしようもないリアルタイムの敵性国家ではない。少なくとも表面的には戦略的で未来志向で協調可能な点は支那や南北朝鮮とは異なる。支那や南朝鮮は表面的も何もあったものじゃない。
これは、旧ソ連時代から出入りしている筆者が感じるロシアの変化から間違いなく言えることである。(もちろん、相変わらず闇と暴力の世界があるが、これはどの国でも存在する)

歴史を踏まえた見方を尋ねても日本人の多くは第二次大戦後の70年余りと、明治時代の日露戦争がポーンと飛んでいる人が多い。そのため対ロシアではせいぜい日本は1勝1敗1分(下記の3つ)だと感じている人が多く、今度はロシアが何らかの譲歩をすべきと思っている人が多い。
ところが、ロシア側から見ると、
・日露戦争・・・・海戦は負けたが主力である陸軍は敗北ではなく『名誉ある撤退』
・ノモンハン事件・・・日本軍の惨敗の評価は1990年以降”引き分け”程度に変更
・第二次大戦・・・日露戦争で失ったものを取り返し勝利
という認識に加えて、その間に1918年から1922年の日本軍による『シベリア出兵』の際の残虐な行為等(村ごと住民を焼き払ったりしたことは日本軍の資料でも立証されている)で辛酸を舐めさせられた記憶が未だに大衆に根強く残っている。このシベリア出兵は第一次大戦の停戦後に開始され、10月革命による帝国崩壊のタイミングに乗じて行われたためロシアから見たら卑怯極まりない所業なのだ。
第二次大戦のポツダム宣言受諾後の千島・北方四島占領などはロシア側にしてみれば『されたことと同様のことをしたに過ぎない』というのが主張である。
無論、当時の日本としては満州その他の利権確保・維持あるいは奪還と広がる赤化を食い止める大きな目的があったわけだが、このシベリア出兵はロシア人にとっては大きな歴史的な敗北として捉えられている。

つまり、ロシアとしては対日本の歴史では2勝2敗(1990年以降は1勝2敗1分に変化)という認識なのであり、日本人の持つ1勝1敗1分という認識とはギャップがあるのだ。
そのため、北方領土で敗北のイメージが伴う結果(1勝3敗1分になる)になることは絶対に容認できないのが国民的コンセンサスと言える。
ロシアに阿る必要は無いが、一般に日本では近現代史教育が抜けているため、このシベリア出兵とノモンハン事件がどのような目的で行われ、どのような経過だったかを客観的に知っている国民は多くない。しかし、これらを検証して国民に理解を広めれば、少なくともロシア側の言い分についての理解も深まり、北方領土問題の『引き分け』の具体策も出てくるかもしれない。

支那や南朝鮮はいつまでたっても70年前の旧日本軍の亡霊を相手にいちゃもんを付け、政治的利用とゴネ得を狙っているが、対ロシアに関しては、実はその70年前の自身の亡霊やスターリンの亡霊に捉われているのは日本側、日本人自身かもしれない。

Isinbaeva昨日、クレムリンではドーピング問題で出場できない陸上選手を集めて、イシンバエワが涙を流す(世界に向けての)抗議セレモニーをしたようだが、証言・証拠がある以上、国家的な関与は間違いなく、処分は仕方がないだろう。しかし、ドーピングの証拠の無い選手まで連帯責任というのもどこか筋違いな印象もある。(単なるロシアいじめ)
しかし、こういった抗議セレモニーをスマートにやるあたりは、少なくともアル(支那)やニダ(南朝鮮)とは違うソフィスティケートされた(しかし、ルサンチマン)ものをロシアには感じるではないか。
ウラジオストクで、日本の経団連会長等が極東の”支配者”(悪代官)ともいうべき、ギドロストロイ社(択捉島)の創業者アレクサンドル・ベルホフスキーあたりと会談したら、商売優先で何らかの結果が出てくるはずなのだが・・・。

 


Chariots of Fire今日の一曲
1981/3
Vangelis “Chariots of Fire Theme”(映画:炎のランナー、テーマ曲)


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