『大後悔時代』のイギリスを日本はまた救うことになるか?

BREXITの国民投票の結果、最近盛んに言われる『大後悔時代』(命名者は知らないが)のイギリスに対して日本の外務省が、Japan’s Message to the United Kingdom and the European Union という文書を公開したことが大きな反響を起こしている。当のイギリスではBBCが『日本による脅し、砲撃』といった見出しで扱っている。

KNUTSFORD, UNITED KINGDOM - JUNE 24: A European Union flag, with a hole cut in the middle, flies at half-mast outside a home in Knutsford Cheshire after today's historic referendum on June 24, 2016 in Knutsford, United Kingdom. The results from the historic EU referendum has now been declared and the United Kingdom has voted to LEAVE the European Union. (Photo by Christopher Furlong/Getty Images)

日本にしてみればイギリスとEUの双方に送った書簡といった位置づけで、G20でも安倍首相とメイ首相の10分間の立ち話は
安倍『日本企業のほう、ひとつよろしく』
メイ『それなっ! 日本も含めて世界中への影響は認識しているわよ』
程度だったらしく、EUとの離脱交渉のメドが立たないイギリスが被害妄想的に即反応したことで、日本の外務省も反応の速さ、大きさにひょっとして面食らっているのではないだろうか。


tsuruoka-koji.kpg対支那や南朝鮮を見てもわかるように、日本が外交、経済でこういった突っ込んだ強いメッセージを出すことは珍しく、やはり駐英大使鶴岡公二はメリハリの効いた仕事をしている。
この鶴岡氏、TPP交渉の際のニュースにTPP政府対策本部首席交渉官として頻繁に出ていたため記憶にある人もいるだろうが、筆者はその直前まで務めた外務審議官時代のほうが印象が強い。2013年のICJにおける南極海調査捕鯨に関する裁判において日本政府代理人として出席し、愛国心をくすぐるなかなかの名演説(2013/7/2の冒頭陳述、日仏英語版有り)を行ったが敗訴し、安倍首相から強い叱責を受けたとされる。
しかし、その後すぐにTPP政府対策本部首席交渉官として甘利の下の事務方のトップとして交渉をまとめ上げた手腕は並の官僚ではなかった証左だろう。手腕は相当に強引で各国代表からはMr. Destroyerと言われたらしい。尚、鶴岡氏は元国連大使の鶴岡千仭が実父であり、官僚一家のエリートで、同期の駐仏大使木寺氏(前駐支那大使)と並ぶ出世頭だろう。

外務省のイギリスとEU宛の文書を読む限り、当然ながら脅しと言えるような内容は無く、冒頭から『日本はイギリスやEUと基本的な価値観を共有し・・・』といった枕詞を置いた落ち着いた内容である。
要するに、『欧州本社機能をイギリスに置く日本企業が多数あり、従来の日-EU間のヒト、モノの自由な往来がBREXITの結果による大きな変更で制約を生むことがあれば、日本企業は欧州本社機能を大陸側に異動せざるを得なくなる可能性がある。これは世界経済に大きな影響をもたらす懸念がある』ということである。

現状、日本企業は、欧州では44万人の雇用を抱えているとされ、そのうちイギリス進出企業は1,380社、約15万人弱のイギリス人の雇用を担っている。
そのほとんどの日本企業が欧州本社機能あるいは拠点支社をイギリスに置いているのは、英語が使える、人、モノの往来が便利、金融市場もありマネーの面でも有利といったビジネス環境が適していることがあげられる。
実際、筆者も欧州での拠点を真っ先に考えたのがロンドンだったが、個人的に若い頃イギリスに留学滞在していたため、もっと他の都市を知りたかったのと、研究・技術開発に対する国外企業への優遇などがあまり充実していなかったため最終的にはウィーンに決めた経緯がある。(食い物が不味すぎるというのもあったのだが(^^))

そもそも、日本企業が1980年代からサッチャーの呼びかけに応じる格好で両国間の支援スキームに乗りながら工場(大規模なのは日産が最初かな?)や拠点をイギリスに置いてきた歴史がある。長い間欧州の病人扱いされていたイギリスを製造業の面から立ち直らせたのは日本であるといってもある意味過言ではない。何しろ1980年代は、支那は人民服を着て何かといえば大勢で拍手をしている時代で、南朝鮮は夜間外出禁止令の出ていた時代(全面解除は1988年)で、アジアで国際舞台に出ていたのは日本、香港、台湾ぐらいだった。
その後イギリスは、製造業の段階から金融にシフトしていったが、ロンドン(とエディンバラ)以外は現在でもやはり製造業が経済の主力である。現在、農業は主にポーランドからの移民で賄っているが、製造業では日立の車両工場や各自動車メーカーの工場がイギリス全体の雇用や地域経済に貢献しているはずだ。(反対にイギリス資本の企業の工場が日本にあるということは無い。その分、金融が幅を利かしているが。不均衡な関係である)

ここ10年、15年程で急速に円高による日本の製造業の落ち込みを追い風に経済発展した支那(や南朝鮮)が瞬間的なマネーパワーにモノを言わせて原発その他のインフラ投資をイギリスにオファーしているが、世界中の支那の進出手法を見ればわかるように、資本、生産設備だけではなく労働者まで支那から持って行く手法では現地での雇用などは見込めないことは明らかで、メイ首相がヒンクリーポイント原発を契約直前にSTOPしたのはエネルギー安全保障面での問題もあるだろうが、そういった雇用面での懸念もあったことだろう。

結局、外務省としては、昨年2015年末には締結するだろうと思われていた日欧EPAでEUに対して一元的なヒト・モノ・カネのアクセスが目前に来てBREXITによって停滞してしまったため、例えEUを離脱してもイギリスに対して日欧EPAと同等のアクセスが可能なことを求めることと、30年以上の経済協力の歴史(はっきり言えば日本の対英支援)や昔の日英同盟といった古くからの友情を取るのか、あるいは支那のような新参者の成金を取るのかはっきりしろと“上品に”迫っているわけである。

アメリカ大統領選のせいで、WTO/GATTに代わる自由貿易体制の再構築のためのメガFTA即ちTPP、TTIP、日欧EPAの3つが現在停滞している。これらが頓挫、空中分解し、さらに日英EPAなりFTAを新たに交渉となればそれこそ膨大な時間と費用の無駄である。決して明るくない日本経済で、そんな後向きなことをやっている余裕は日本側にもないというのが本音だろう。
今回の外務省の書簡はよくある支那のような強硬な脅しではないが、上品な“威嚇”なのかもしれない。
しかし、かつて英国病の解消に日本が一役買ったように、今回も日本がイギリスを結果的に助ける格好になるのではないかと筆者は予想している。

それにしてもBREXITでかつての大英帝国、英連邦(50か国余り)がイギリスにつくかと思われたが、カナダもオーストラリアもニュージーランドも支那からの移民と資本で既に大きく中身から変質してしまったせいか、逆にイギリスに対して日本と同様の要求を突き付けているのが興味深い。

ひょっとするとイギリスはロシアと接近しそうだな・・・。


night-birds今日の一曲
1982/8
Shakatak “Night Birds”(Album: Night Birds)
ちょうどイギリスに留学(遊学?)前に行ったり来たりしていた時代に日本でも流行った曲で個人的にいろいろな思い出のある曲。ロンドンでライブを見た時はベースのチョッパー・ソロが驚異的にカッコよくて大感動。
1984年、今は無き東京・中野サンプラザでのLIVE


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カテゴリー: 社会・経済, 国際・政治, 海外 タグ: , , , , , , , , , パーマリンク

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