秋田の甘い食べ物

親戚に不幸があり急遽秋田に来て、県南の親戚の家に。近隣から人が大勢集まり飲み食いしていたが、あれこれ手作りのもの(特に懐かしいものは寒天であれこれ閉じ込めたモノ)をいただいていると、その手作りの”マメさ”に改めて感心すると同時に工場加工食品ではないそういった自家製の食べ物を互いにやり取りしているのを見ると、貨幣経済以前の物々交換経済がまだまだあるのだなと実感。
それと同時に、秋田の食べ物は何故こうも砂糖の入った甘いものが多いのかと改めて驚かされる。

product-zarame小さい頃、秋田に引っ越してきたときに近所の家でザラメ糖の袋があって、何に使うのか不思議で仕方がなかった記憶がある。お菓子でも作らない限りザラメ糖などは東京では祭りの縁日の綿菓子やカルメ焼きくらいでしかお目にかからないが、秋田では普通に売っているし大体家庭に常備している。
とにかく秋田のいろいろなものは砂糖甘い。
例えば、正月で言えば豆餅なども砂糖が入っていて甘い。磯辺餅も海苔までは一緒でも何と砂糖醤油で食べる人が多い。からし菜漬けのようなものやナスの辛子漬けも砂糖がたっぷり入っていて甘いという風にちょっとあり得ないものまで甘い。とにかく砂糖甘い。
納豆に砂糖を入れるのは北海道辺りではごく一般的だが、秋田でもそういう人が多く、筆者も昔試してみたが、砂糖をいれると粘りが強力になり箸が折れるほどになり、味は・・・どうにも馴染めない甘さだった記憶がある。

sugarきっと秋田は全国でも砂糖の消費量は多いほうだろうと思ってググってみたら案の定、1世帯あたりの砂糖消費量は全国4位で偏差値68.53。これは明らかに多い。
地理的あるいは気候の問題かなとも思ったが、1位から長野、長崎、宮崎で東北では、12位福島、13位山形、30位宮城、34位青森、42位岩手となっていて、秋田県は東北ではダントツの消費量であり、地理的条件や気候による食文化のせいでもなさそうだ。
ちなみに食塩の消費量は、1位から青森、山形、秋田、長野、岩手と続き、冬場の保存食用に大量に使うのではないかと推察される。秋田の場合は砂糖の甘さを引き立てるためにも食塩を使うのかもしれない。

確かに『甘味』というのは古今東西、上流階級の経済力の象徴のような部分もあり、砂糖自体が貿易の主要な産品の一つだったし、欧州では十字軍の11世紀以降にならないと一般化(とはいっても貴重品)しないし、日本でも8世紀の奈良時代に入ってきたというがやはり貴重品。しかもこれらは全て原料はサトウキビ
現在の日本の国産の砂糖の大部分(約8割)は北海道の甜菜によるものだが、これは商業ベースにのったのは昭和になってからであり、それまでは日本の一部であった台湾なども含めてサトウキビが原料だった。
従って、秋田が北前船で北海道から砂糖を入れていた歴史は全く無いわけで、無論秋田でサトウキビや甜菜を作付けしていたわけではない。
それにも拘わらず秋田で砂糖の消費量が多いのは何故なのか・・・。何かのきっかけがあったのかどうか知らないが、実に不思議である。ご存知の方はぜひご教授願いたい。

穿った見方をすれば、秋田が全体的に生活水準が低く、上流社会のステータスの一つが砂糖であり、生活水準の向上とともにそれを競って使い始めたために何でもかんでも甘いという状況になったのかもしれない。しかもそれは昭和期になってからである。
とにかく甘いのがご馳走、甘いものが高級・・・といった盲目的な文化が根付いたのかもしれない。
今はもう廃れてしまったかもしれないが(東京では下町では今でも健在)、折詰に入っているエビやタイの寿甘(スアマ)なども甘いモノの一つだ。
また、秋田の銘菓とされる落雁の一種の諸越は江戸期からあるらしいが、これも藩主に献上されたとされるくらい貴重な砂糖(サトウキビ原料)を使ったものなので、やはり甘いものは殿様の食べ物といった認識が一般的だったのだろう。

秋田には和三盆のような菓子もないし、三温糖を使ったような菓子もない(あるのかな?)。上白糖のみであるが、とにかく自家製で様々な甘いものを作るため、秋田は菓子類(和菓子も洋菓子も)が豊富とは言えない地域である。京都のような様々な和菓子も無いし、長崎のカステラや決定版的な饅頭なども無い。かといってコメを使った煎餅類が多いわけでもない。
(昔の葬式饅頭は大きかったなぁ・・・しかも激甘の餡子)

菓子不毛の地といった感のある秋田だが、砂糖が上流社会の象徴といった認識は日本や秋田だけではない。
イギリスのライスプディングなども頭が痛くなるほど甘い場合があるし、オーストリアやスイスやベルギーのチョコレートは虫歯に浸みるような甘さのものも少なくない。
甘さに憧れる文化の名残はどこにでもあるのだが、砂糖というのは健康にはあまり良くないそうで、最近は徐々に減らすべきものとされる。

砂糖の消費量も食塩の消費量も多い秋田の食文化はガン患者の多さと無縁でもなさそうで、そろそろ見直されてもいいだろうとは思うのだが、料理屋以外での普通の家庭ではまだまだ酢橘や柚子や木の芽や各種香辛料といった香りや味を愛でるような料理が一般的とは言えない秋田では、今後も甘いかしょっぱいかといったメリハリの効いた食べ物が続くのかもしれない。重めのまったりした(イメージの強い)秋田の日本酒もその個性を変えないだろう。

ちなみに、日本で砂糖と言えば上白糖が一般的だが、あれはおそらく日本独特のもので、世界的に一般に砂糖といえば日本でいうグラニュー糖を指す。
しっとりした上白糖が珍しくて(安いせいもあるが)お土産に買って帰る外国人も結構いる。


thepeanuts今日の一曲
1960年代(?)
ザ・ピーナッツ “スターダスト”
砂糖にちなんで甘いJazzをと思い、Nat King ColeのStardustと思ったが、年配にはちょいと懐かしい(筆者も小学生時代)のを。AKTが出来るまで秋田ではABS・日テレのこのシャボン玉ホリデーが日曜日の夕方の定番だった。AKTが開局しても日曜夕方のサザエさんはすぐにやっていたかな?記憶が曖昧。ザ・ピーナッツはJazzシンガーとしてもなかなかの実力派だった。


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秋田の甘い食べ物 への6件のフィードバック

  1. ブルーベリー より:

    冬季うつ病は、過眠と過食、とくに甘いものを無性に食べたくなるのが特徴
    http://fuminners.jp/newsranking/5847/
    http://www.fuanclinic.com/byouki/pump226.htm

    秋田県は日照量が日本で一番少なく、どうしても冬季うつ病になりがちです。
    秋田県民が 「変わった思考・行動」 をするのは、日照量や飲酒量などが原因と考えています。

    非常に深刻な問題なので、本来なら、知事が冬季うつ対策を呼びかけるべきですが・・・

    • argusakita より:

      1990年代に国をあげて自殺者対策をしたフィンランドの例では、日照量、低温なども因子とされましたが最も重要な因子ではないとされています。冬場なんて太陽を拝めるのは数時間ですし、氷点下が数日連続なんて珍しくないですし。飲酒は認知症の因子とされていますが、うつ病との因果関係はどうでしょう?
      フィンランドは我々日本と同じく枢軸国側で旧ソ連と戦い、ヘルシンキなどは焼け野原にされ、戦後の荒廃で都市部では自殺者も相当に増えたらしいです。
      そこで、明るいイメージのデザイン・色、機能的でシンプルといった北欧デザインや家具が生み出されたのですが、秋田も建物やファッションをもっとカラフルにしたら全体の空気が少し変わるかもしれません。
      秋田の街並みは全くつまらないですし、歩いている人は子連れの若いママ以外は、若いのも歳よりも黒っぽい服ばかりで、街じゅうが渋谷の場外馬券売り場界隈みたいです。

      コートやジャケットや帽子やマフラーや手袋を明るいカラーリングのものに変えるだけできっと冬場の街の空気は変わるし、ひょっとすると自殺も減ると私は密かに確信しています。
      自殺はダメみたいなキャンペーンにいくら金を使っても無駄です。

  2. ちょっと話は変わりますが、・・・・。

    私が最初に食べたいぶりがっこは確か中学校の部活で東北大会出場のときに泊まった山形の宿でだったと思います。三十数年前(四捨五入すると四十年前)のことでしょうか。
    その時食べたいぶりがっこは正露丸の味でびっくりしました。
    その後、あちこちでいぶりがっこが売られるようになってから食べたいぶりがっこはあれ、食べやすい、不思議だ、と思ってましたが、レシピを見たら結構砂糖を使って漬けていますね。

    それで、県南部の人に聞きたいんですが、三十数年前のいぶりがっこは今のように砂糖を使っていたのかが私の知りたいことです。
    そんな昔から砂糖漬けのいぶりがっこだったなら、砂糖味は秋田の特質だと言ってもいいんでないかと思います。

    ちなみに私の住んでいる大館市は津軽文化圏ですから、どちらかと言えばしょっぱい味付けだと思います。

    • argusakita より:

      えーと、母方の実家が県南なので、子供のころから半世紀以上いぶりがっこを食べていますが(これ自慢かな(^^))、正露丸味は記憶がありません。間違いなく甘く塩辛い味です。
      きっと、一緒に何かを食べて口の中で化学反応で正露丸味になったのではないでしょうか?

      • そうでしたか。
        まあ、山形県はツキヨダケも色々なキノコと一緒に塩漬けして保存し、塩抜き(この段階で毒が抜けるらしい)して食べている地域ですから、燻製に向かない木材でいぶした大根でも食べていたのかもしれない。そうとでも考えないと正露丸の味のいぶりがっこは説明がつ泣かない。

        そういえば、最近は県北でも味道楽の里はスーパーで売られるようになりましたが、昔は味道楽の里のような甘ったるい調味料は県北の大館周辺では使っていませんでした。甘辛味はおそらく(津軽文化圏を除いた)秋田県の味付けなのでしょうね。

        • argusakita より:

          ツキヨダケ・・・まーじですかぁ?(^^)

          15年くらい前かな、大館の正札竹村の後ろのあたりの焼き鳥屋さんでつくね丼食べた時に、しょっぱくて吃驚という記憶があります。そうですか、県北はしょっぱいのですね。あれは高血圧にまっしぐらでしょう。

          完全に個人的な推察なのですが、甘辛い味は佐竹氏が持ち込んだのではないかと。
          娘が茨城の大学にいるので、たまに茨城に行くのですが、水戸も筑波も土浦も甘じょっぱいものが多い気がします。稲荷で有名な笠間も参道にある稲荷寿司の店で食べると油揚げの色がもう濃くて、喉が渇くくらい甘じょっぱいのです。蕎麦汁も濃い濃い(^^)。
          あちこちで食べたわけではないですが、鯉の甘煮なども信州よりも甘い気がするし、甘じょっぱい味は佐竹氏が秋田に持ち込んだものではないかと勝手に思っています。
           
          甘い食べ物と言えば、西の生まれの相方は、秋田に初めて来た頃、一般的な秋田の茶碗蒸しが甘く、しかも銀杏ではなく栗の甘露煮が入っているのに滅茶苦茶驚きました。
          ほとんどケンミンショー的なネタですね。

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