民主主義では東北の復興は進まない(だろう)

東日本大震災から6年が経ち、亡くなった人たちは七回忌(未だに素直にそれを受け入れられない人もいるだろうが)の今年、日本ではメディアが当時の映像や未だに『被災地』『被災者』とレッテルを貼られた場所や人々の暮らしを各地から報告・報道していることだろう。
人間と言うものはある意味おもしろいもので、徐々に居場所を失ったり近親者を亡くしても時間の経過である程度受容できるのだが、それらが突然、一瞬の場合には狼狽し拒絶したりする。キューブラーの死の受容への5段階(否認、怒り、取引、抑うつ、受容)などとも共通する心の段階がありそうで、いわゆる被災者(そろそろこの単語は使うのをやめるべきだと筆者は思っている)のそれぞれが6年経ってどんな状態なのかを考えることは一概に政治屋や行政だけの仕事ではないかもしれない。

続き(有料)を読む → loginが必要です

登録はここここをお読みになり、
optionsforus21@gmail.com に 閲覧希望 と書いてメールを送信してください。

広告
カテゴリー: 雑感 パーマリンク