朝鮮の浸潤(2)

李氏朝鮮末期の朝鮮内部での騒乱も彼らには国家運営能力(当事者能力)が欠如していたために民族自決ではなく清やロシア最終的には日本に事大するというオプションを朝鮮人は選んだわけだ(世界もそれを容認した)が、日本から見れば半島という(併合時代の)属国内部での騒乱は日本の中央集権体制にほとんど影響を与えないごくローカルなものとみなしたところに隙があったといえるかもしれない。
筆者は朝鮮の日本への浸潤は古代からの交流は別物として捉え、近代以降を5段階に分けて考えている。

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