1970~1979

中学になると友人同士でそれぞれ好みの音楽ジャンルが異なってくる。洋楽が好きなのはロックあれこれ、ポップス好きはアメリカ、イギリスに限らずあれこれ、邦楽が好きなのはいわゆる四畳半ソングのような辛気臭いフォークやその派生のようなものが主流だったと記憶している。
赤い鳥のコンサートをガールフレンドと一緒に県民会館に聴きに行ったことは忘れられない思い出だが、曲は何かピンと来なかった(おそらく生まれもって左翼系のものが嫌いだったのだろう(^^))。

おそらく洋物カブレしていたのは深夜放送の影響だろう。秋田はABSと周波数が近かったこともあり深夜にならないとTBSが聞こえず、パックインミュージックが始まるのが楽しみだった。オールナイトニッポン、セイヤングなどは曜日つまりDJで聞き分けていたように思う。時期も順序ももう覚えていないが、
パックインミュージック 野沢那智・白石冬美のナッチャコ、
オールナイトニッポン あのねのね、泉谷しげる、タモリ
セイヤング せんだみつお、谷村新司(&ばんばひろふみ)、加藤締三
などを聴いていた記憶がある。この時期、深夜放送のおかげで潤ったのは音楽業界だけでなくSONYなどラジオを作っていたメーカーかもしれない。
谷村新司の天才・秀才・ばかコーナーは今では絶対放送できないものばかりだろう。

このころ、ABBAの前身であるビヨルン&ベニーの大ヒット曲があった『木枯らしの少女』

アルバート・ハモンドの『カリフォルニアの青い空』

『落ち葉のコンチェルト』

この時代はとにかく名曲が多かった。今聞いても胸アツのものばかりであるし、サウンドがアコースティック+ちょっと電気みたいなもので、ミュージシャンの演奏が素晴らしかった。
いろいろ雑多に聴いていたが、ガールフレンドが何故かロック好きで、
スージー・クアトロの『キャン・ザ・キャン』

や、T-Rexの『Children of the revolution』などをよく聴いたような記憶がある。音楽よりはビジュアル系の元祖的な印象がある。

だんだん受験勉強などが近づいて来ると静かな曲を好んだのか、S&G

や、映画『小さな恋のメロディ』で有名になったビージーズの

や忘れてはいけないカーペンターズの連続ヒットは凄かった。

ジャニス・イアン『ラブ・イズ・ブラインド』

オリビア・ニュートン『そよ風の誘惑』

ビリー・ジョエル
『素顔のままで』

『オネスティ』

ミッシェル・ポルナレフ『シェリーに口づけ』

クィーン
『We Are The Champions』

『We Will Rock You』

『Killer Queen』

日本では、こんなのも流行っていた。

チューリップ『銀の指輪』

キャロル『ファンキー・モンキー・ベイビー』

矢沢永吉
『時間よ止まれ』

『ウィスキーコーク』

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